と始めて会ったのは三年前の事。 が十一、私が十五の徐々に冷えを感じ始めた秋の終わりの頃だった。 その日も私は父上に母上からの伝言を伝えに学園を訪れた。いつもであれば私の姿を見れば母上からの伝言を予想して嫌 そうに顔を歪める父上が待ち構えていたように顔を少しばかり輝かせた。その微妙な反応を訝しく思いながらも 「待っていたぞ、利吉」と声を掛けられれば悪い気はしない。 部屋に招き入れられ茶を啜っている所で、さて本題へと入ろうとしたときに戸が叩かれ大木先生が入ってきた。 面識のあった私は反射的に頭を下げ挨拶をすれば大木先生も「久しぶりだの!」と大きな声で豪快に笑いながら大きな 所作で腰を下ろした。一人増えただけだというのに途端部屋の中がものすごく狭く感じる。 「元気そうじゃの」 「はい。大木先生もおかわりないようで」 「おぉ、わしは元気だぞ」 何か父上に用事があるのだろうか、と思っていると大木先生が父上に目で何かを言った、それに父上は眉根を寄せること で答えた。それが私を会話に入れないようにしているように感じ視線を鋭くさせ父上を見る。 「利吉くん、頼みがある」 さっきとは打って変わって真剣な表情をする大木先生に少し身構えながら父上に視線を向けるとこちらも真剣な顔をして いる。これでは断れないだろう。内心文句を呟き二人分の視線を受けていた時、戸を叩く音が響いた。 「入れ」 ここは父上の部屋だというのに大木先生が返事を返す。 「失礼します」 スッと戸を開け入ってきたのは青の装束を身に纏ったまだ小さな忍たまだった。私と目が合うとぺこりとお辞儀をした。 頼みごとと言うのは十中八九この子関係だろうと予測しながら、私も軽く頭を下げる。大木先生が視線で隣を示すと、 その子はその通り大木先生の隣へと姿勢よく正座して座った。 「もう分かったかもしれんが、頼みというのはこいつの事でのぅ」 「ぐぇ」 頭を掴まれ揺さぶられたその子は蛙が潰れたみたいな声を出して、されるがまま頭を揺すられている。嫌そうに眉を寄せ ているのに文句は言わないらしい。 「こいつの実習の面倒を見てもらいたいんだ」 なぜ私が。思うままに怪訝な顔をしていたのだろう、大木先生は畳み掛けるように言葉を次から次に紡ぐ。 「もちろんタダとは言わん! ちゃんと報酬も出す!」 それでもまだ私が何も答えずジッと見ていると。 「あ〜その上、山田先生に休暇を三日!」 「えっ?!」 「は?」 どうやら驚いたのは私だけでなく当人である父上もそうであったらしい。親子揃って間抜けな声を出してしまう。 それに満足したように大木先生は笑顔を浮かべて頷いた。 「あんた、勝手にそんなこと言って...」 「大丈夫! 学園長にも了承を得る! もう決定!」 最初からこの頼みは断れないだろうと諦めていたので父上の休暇は思いがけない報酬だ。母上もいつも父上に対しての伝言では小言 ばかりを言っているがその根底にあるのは会いたいというものだろうと伝言係の私は常日頃から思っていたので、この 仕事受けないわけにいかない。母の喜ぶ顔を思い浮かべ決意した。 「お引き受けします」 . . . 「山賊を退治しに行ってほしい」 「山賊ですか...」 「色々と悪さをしているらしくてな」 もっと難しい事を言われるのかと思ったのだがそうでもなかった。けれどこの子の実習というには早い気がする。 青色の装束は二年生のはずだ、何よりも小さくて細い身体が頼りなさすぎて、まだ山賊退治を任せられるとは思えない。 じっとその子を見ていると私の視線が恐いのか身体を小さく丸めるように徐々に下を向き始めた。 これではますます無理じゃないか、と思っているとその私の言いたい事が分かったらしい大木先生がその子の丸まった背中 を叩いた。叩かれた方はびくりと身体を震わせ姿勢を正す。 「こいつはだ、ほれ!」 「よろしくおねがいします!」 やけに大きな声で挨拶するので驚くと顔を赤くしてさっきまでの勢いが嘘のような小さな声で、ごめんなさい。と呟いた 。よろしく。と挨拶を返しながらも、本当に大丈夫だろうかとこれからのことを心配してしまう。 「なぜ、私に?」 言外に私でなくても上級生に任せればいいんじゃないですか。と含みながら尋ねると大木先生は初めて困ったように眉を 寄せ、隣に座るくんを伺うようにちらりと見た。 「山田先生から聞いとると思うが、こいつは未来から来たんじゃ」 ぱちぱちと目を瞬かせてから大木先生の隣へと視線をずらすと、居心地悪そうに膝の上で手を握り下を向く姿が目に映っ た。たしかに父上からその話は聞いていたし、その子が学園に忍たまとして入学した話も聞いていた。興味本位でその姿 を遠目から見た事はあったが至って普通で自然と興味も薄らいでいった。 その感想は対峙している今も変わらない。 「それとどういう関係があるんですか?」 全然答えになっていないと再度問うと、今まで俯いて青い頭巾しか見えなかったのが勢いよく顔を上げた。 大きな目をそれ以上に大きくしてじっと私の事を見ている。 「どうやってここに来たのかも聞いたんじゃろ?」 「はい、大木先生が連れてきたんですよね?」 「そうだ。どうやってが現れたのかも聞いたか?」 「え? はい。雷と一緒に落ちてきたんですよね」 大木先生が何を言いたいの分からず、戸惑いながら答えると先生は隣に視線を移した。 それにつられ私も視線を移すとくんが目をまん丸にして、ぱかりと口を開けこちらを見ていた。私が知っていて 驚いたのだろうか、と心地の悪い思いをしていると大木先生がその空間を破った。 「聞いたか、利吉くんは全て聞いているそうだ」 こくりと頷いて今度は瞳を濡らした反応に、まずいことを言ったのかと父上に助けを請うと父上は困り顔で笑っていた。 「利吉さん...よろしくおねがいします」 震える小さな声を出しながらくんが頭を下げた。 お前は昼飯を食いに行け。 まだお昼を食べていなかったらしいくんは大木先生に言われたとおり礼儀正しく腰を曲げてから退室していった。 最後に涙で濡れた頬を大木先生の装束で拭かれ、その可愛がりように保護者代わりをしているというのは本当だったの かと納得した。拭かれている間、恥ずかしいのか私にはにかんでいたのが印象的だった。 「さっきの質問はのぅ、上級生や同級生の中にはあいつの事をよく思っとらんくて雷神の子だの未来から来たのは嘘だの と色々ちょっかいをかけに来る奴が居るらしいんじゃ。それでどうにも自身、人間が恐いようでな」 あっ! わしには懐いとるがな! 胸を張って自慢げに大木先生が言った。それを流しながら、確かに身を小さくして俯いていた姿は怯えてるように見えた 、と先程までいた小さな身体を思い出す。 「山田先生から、のそんな話を聞いても利吉くんは興味がなさそうだと聞いてな。面識もなし、に何の感情も 抱いとらん、その上信頼できる! で、今回依頼させてもらった」 「そうですか」 それ以上言葉が見つからなくて黙り込む。私が未来から来て、雷と一緒に落ちてきたと聞いても淡々としていたからあの 子は驚いていたのか。 「けれど、山賊の退治をさせるには早くありませんか?」 「そうだが、あいつは忍者がどのようなものかはっきり分かっとらんのだ」 忍者を目指しているのにはっきり分からないとはどういうことだ?怪訝な表情を浮かべると今まで黙っていた父上が大木 先生の言葉を次いだ。 「時には人を殺める。それを知識としては知っているが実際にどのようなものか理解できていないんだ。 ―――のいた未来では戦などなかったらしい。」 「戦が...?」 「あぁ、だから人が命を奪い合ったりするのも見た事が無いんだ」 「それは...平和な世ですね」 口に出してからも"戦のない平和な世"というのを考えてみたが想像する事さえ出来なかった。戦がないのであれば随分 世界が違って見えるだろう。今は居ない小さな身体を思い、大木先生の隣を見やる。 「それにあいつは行く場所が無いから忍たまになったようなもんだ。最初から忍を目指して忍たまになったのとは違う。 だから、先に決意させようと思ってな。人に刃を向けることが出来るか、出来ないか、自分で試して出来なければ忍では ない方の道を探せばいい」 大木先生の言い分は完全には理解しがたい、あの子の事を思ってのことだというのは分かるが、決意させるにしたって もう少し猶予をあげてもいいような気がする。他の同級生達と一緒に成長していくのでは、いけないのだろうか。 納得し難い顔をしていたのか大木先生は苦笑いを浮かべた。 「出来るだけ早い方がいい、人には向き、不向きがあるからな」 「さてと、ほんで今日はどうだ?」 急だな、と思いつつも別に予定は無いので、大丈夫だと答えると瞬く間に用意をさせられ学園から放り出された。 「、無理はするな。無理だと思ったら利吉くんに助けてもらえ」 どこんじょーが口癖の大木先生の口から出たとは思えない発言に大木先生を凝視するも先生はくんの肩に手を置いて 言い聞かせている。くんが気圧されたように小さく頷くのを確認してからその肩を放した。 「利吉くん、すまんがのこと頼む」 「はい、任せてください」 「利吉頼むぞ」 「はい」 心配されるのが気恥ずかしいのか隣に立っているくんが身じろぎした。続いて二人の視線はその小さな身体に注がれ る。 「気をつけるんだぞ」 「はい!」 「よし! 行ってこい!」 ぱしん、と背中を叩かれ小さな身体がその衝撃に耐え切れず大きく揺れた。痛そうな表情をしながらもそれはすぐに笑顔に 変えられた。 「行ってきますっ!」 (20091231) |