※ 男装?主人公です。



淡々と進む座学は眠くてしょうがないのだけれど、同級生達とは三年もの差があるので頑張らなくてはいけない。早くみ んなに追いつけるようにならなくちゃ! と思うと居眠りしている時間なんてないんだから。
そう考えるのは僕だけじゃなかったらしい。同級生の大半が舟をこいでいる所、隣に座るくんはびしっと姿勢を正して 真剣な表情で先生の言葉を聴いている。僕と同じように最近途中編入してきたくんはとても真面目な子で、授業態度 はもちろんだけど、実技ではひょっとするとみんなよりも上かもしれない。忍術学園にくるまでは独自に忍者の勉強をして いたらしい。僕はくんよりも少し先にここに来たから、隣の席だとかもあってくんは色々と僕を頼ってくれている のだけれど...最近は気を抜くと追い抜かされてしまいそうで正直うかうかしてられないと思ってる。
予習に復習に自主練習に、とくんは努力を怠らない。早く一人前の忍者になりたい! と瞳を輝かせる姿はまぶしい程に 輝いていて、僕も頑張らなくちゃ! という気になる。

「タカ丸さん」
「どうしたの?」

小さく囁く声に、先生の声から意識を外して隣を見るとくんが忍たまの友を指差した。開かれている頁を見てみると文字が 読めないほどにくしゃくしゃになっている。

「昨日、予習をしようと思い机に座ったまでは良かったのだが寝てしまい...よだれが垂れてしまい...」

ごにょごにょ、と尻すぼみしていく言葉。くんは恥ずかしそうに頭をぐしゃぐしゃと掻きながら、うっすらと目元を 朱色に染めた。その姿がかわいいな。と思って、つい笑ってしまう。
真面目で努力を怠らなくて色々と固いので付き合い難いと感じてしまうかもしれないけれど、こういう所もちょくちょくと あって何だか微笑ましい。

「じゃあ僕のを一緒に見ようか」
「ありがとうございます」
「うん」

肩がくっつくくらいの距離に、ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐった。匂いの元を辿ろうとスンと鼻を鳴らす。さっきまで はこんな匂いしなかったのにと思いながら匂いを嗅ぐとその匂いの元がくんであることが分かった。男だと無条件に臭い と思ってしまうけれど、くんは全然そんなことがない。真剣な表情で僕の忍たまの友に視線を落としているくんに もっと近づいて匂いを嗅ごうとした時、鼻を何かで叩かれた。

「いたっ」

じーんとする痛みを感じて涙目になりながら鼻を擦る。反射的に閉じていた目を開くと目を吊り上げて怒った表情をした見た 事のない男の人が居た。

「お、おのれ! よくも姫の香りを嗅ごうなどとっ...!」

何が何だか分からないけど、僕に対して怒っているということは理解できた。男は怒りの形相で手を伸ばし、僕の胸元を掴 んだ。「わっ」と声を上げて一瞬上に持ち上げられたが、すぐに離され軽い尻餅をついた。今度は尻がじーんと痛かった。 痛むそこを手で擦る。

「たわけっ!」
「ですが、」
「ですがではない! タカ丸さんは私の先輩であり友人であり大切な仲間だぞ!...これがどういう意味か分かるな?」
「姫! ですがあの者、姫のに、匂いを嗅いでおりました」
「おかしな言いがかりをつけるな!」

確かに匂いを嗅いでいたけど...ここは黙っておくほうが良さそうだ。
男とくんの言い合いをどうする事も出来ずぽかんと見つめながら、こんがらがる頭からは色んな疑問が浮かんでくる。 この人どこから来た? とか、二人は知り合い? とか、どこから見てた? とか、他色々...。けれど一番の疑問は...

「姫って...くんが?」

今まで言い合っていた二人が同時にこちらを振り返った。二人分の視線に思わず体がびくりと跳ね上がる。くんは目を 見開いたかと思うと、目の玉をぐるりと一周させてから言いにくそうに言葉を紡いだ。

「...言っていなかったのだが一応、そう言われている」
「一応などとっ! 姫!」
「幸丸は黙っておれ! そもそも今は授業中だぞ!」
「それは...」
「見ろ! お前の愚かな行いの所為で授業が止まってしまったであろう!」

指をさして教室中を見回したくんに倣って僕も見回してみると、教室中の視線がこちらに向けられていた。これだけ騒い だら授業になんてなるはずがないのだけど、先生も手を止めてこちらを見ていた。見物を決め込んでないで助けて欲しい。

「先生授業を止めてしまいすみません。どうぞ、続けてください。...幸丸!」
「...ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

二人揃って頭を下げられると先生は「えっ、もういいの?」と何故か納得言ってないように呟いてから忍たまの友を渋々 開いた。

「別に急いでないからいいんだけどなぁ。まぁ、じゃあ授業再開するか」

それを合図にクラスのみんなは黒板の方を向いた。続きが見たかった。だとか話す声が聞こえて、面白がっているのが丸 分かりだ。何事も無かったかのように再開された授業にしょうがなく僕も机の前に座りなおす。隣にくんもやってき て座ったかと思うと僕とくんの間に無理やり幸丸さんが割り込んできた。

「わ、人数オーバーですよ」
「うるさい! この変態めっ! またも姫の匂いを嗅がれてはならんからな...代わりに私の匂いを嗅いでもらおうか...」
「ひっ!」

なんなんだこの人は、変態なのか。こわい!
じりじりと幸丸さんから距離を取っているというのに何故か一緒になって幸丸 さんも動いて、僕に近寄ってくる。無理やりにでも匂いを嗅がそうとしているのかもしれない、変態は幸丸さんの方じゃな いか! ピンチすぎる状況に涙が出てきそうになった所で、やっと救いの手が差し伸べられた。

「幸丸! タカ丸さんが怯えているだろうが!」
「ですが、姫。こいつ目を離すと姫の匂いを嗅ぎにきますよ!」
「なんだお前は、頭が沸いているのか? そんなわけないだろう! タカ丸さんがそのようなことするわけがないだろう!  たわけが!」
「痛いっ! ひどい姫!」

あっ、なんか罪悪感。くんの匂いを嗅いだのは事実なので良心にちくちくと針が刺さる。けど、言い訳させてもらえる なら、あれは甘い匂いがしたから何の匂いだろうと思っただけで、間違ってもくんの匂いを嗅ごうなんて下心で嗅いだ わけじゃない。なんて説明しても許してくれそうにない雰囲気なので僕は黙っていた。何だかまたしても授業が止まってし まったのが、申し訳ないと思いつつもくんと幸丸さんの間に入る勇気もなくて僕はただ静かにしていた。
それにしてもくんが姫ってことは女の子だったんだ。男の子にしては小さいし体も角ばっていないしかわいいし、だから 甘い匂いがしたんだ。

「タカ丸さん、いい匂いでした?」
「うん、甘い匂い」
「いいなーいいなー」
「姫! ほら、言ってるじゃないですか! 姫のこと甘い匂いとか言っちゃってますよっ!」

あっ、しまった! つい同級生に聞かれたままに答えてしまった。会話を聞かれていた事には気付かずに喋ってしまった。冷や汗を かいている僕と対照的に幸丸さんは、ざまあみろと言いたげに得意気な笑みを浮かべている。せっかく良好な関係を築けていた のに、それよりも何よりも僕はくんを最高の友達だと思っているのに! こんなことで(匂いを嗅いだととか、嗅いで ないだとか)友情にひびが入ってしまう! 後ろめたさを感じて、こっそりとくんの反応をうかがう。

「なんだって?! 甘味など所持していないぞ私は!」
何だって甘い匂いなんてするんだ。もしかしたら体がどこか悪いのだろうか?! ハッ! それよりも確か忍者は匂いがして はいけないんじゃなかったか? これはまずいぞ...非常にまずい、甘い匂いなんてさせていたら居場所が特定されてしまうでは ないか!!
「一刻も早く身を清めなければ...!!」

そうくんが呟くと同時に授業終了のチャイムが鳴った。それを合図にくんは礼をしてから走って教室を飛び出して 行った。


...とりあえず友情にひびが入ることにならなくて良かった。