「...どういう事だ?」

唖然と自分の今、目の前にいるの姿が信じられなくて尋ねた。驚きのあまり声が掠れた。そうだというのには 俺と口をぱかりと開けっぱなしの伊作の様子を意に介さずという様子で、雨の所為で額に張り付いた前髪を払った。

痛いほど地面に降り注いでいた雨は一時的なものだったらしい。さっきまで降っていた雨はもう止み、空にはまた 青空が広がっている。

「だーから、池に落ちたんだって」

小さくなったが少し怒ったように睨み付けてくる。だが、少しも怖くない。今やの身長は俺の胸までしかない のだ。当然、上目遣いで睨まれたって怖いはずがないのだ。ないのだが......違う意味で怖いと思った。
一瞬、のことを可愛いと思ってしまった......。

「だから、僕らが聞きたいのは何で池に落ちたら女の子になっちゃったのかって事」

伊作の声で我に返る。

「泉か湖か池か水溜りか知らねぇけど落っこちたらこうなっちまってたんだよ」

そうやって伊作に少し怒った様子で詰め寄るはいつもどおりの短気なだ。(何度も同じ質問をしたのでいい加減 苛立ってきているらしい)なのに姿と声が違う。じっと二人の様子を見ていると、詰め寄られた伊作が少し頬を赤くした。
あいつ今、さっきの俺と同じ事考えてるな...。
だが、は伊作の顔色について何も思わなかったらしい。まぁ、俺らが自分の姿を見て顔を赤くしてるなんて 考えもつかないだろうが...。俺だって嫌だ。

「それから、水を被ると女になるんだ...」

沈んだ声で話すに俺と伊作はハッとして視線を合わせる。

そうだ。だって、そんな訳の分からない体になって不安に決まってる。自分の体が突然そんな事態になれば怖いに 決まってる。それなのに俺らはの心配をするどころか、説明を求めてばかりで...

「まっ、そのうち直んだろ」

あはは!
あっけらかんと考える事を放棄したらしいに俺は反省した事を後悔した。そうだ。こいつはこういう奴なのだ。
考えたからといってどうにかなる問題でもないと思うが、それでも自分の事なのに心配になったりしないのか。呆れる 俺は思わず伊作と視線を合わせてため息を吐いた。



学園までの道を俺たちはに質問を繰り返した。なんたって男なのに女になるなんて話聞いたことがないのだ。

「お湯を被ったら元に戻る」
「元に?」
「そ。男に」

いつもよりも低い所にある顔に違和感を覚えつつ、伊作との会話に耳を傾ける。

「...じゃあ、水を被ったら女で、お湯を被ったら男になるの?」
「そうだ。だから、学園に帰ったらお湯を貰いに行かないと」

の何気ない一言に、今自分たちが学園に戻っているのだと改めて気付いた。今、の姿は女だ。その姿のまま学園 に帰れば、皆見覚えのない女の姿に好奇心丸出しで群がってくるに違いない。それに、その女がだと分かったら分かった で、好奇の目を向けられる事は間違いない。だが、その事に気付いたのは俺だけだったらしい。

「他にもお前が女になるってことを知ってる人はいるのか?」

遠まわしに聞いてみた。

「いや? 知らねぇと思う」
「先生達も? 学園長も?」
「学園長に知られたら絶対に面白がられると思ったからな、父さんには言わないでくれって口止めしたんだ...」

の読みは当っているだろう。学園長がこのことを知れば絶対に面白がるに決まっている。六年間の間、身を持って 知っている。は唸りながら考えていた。それからやや経ってぽん、と手を叩いた。

「じゃあワタシは妹ということに...」

がわざらしく少し発音のおかしな一人称を言ったその時、俺たちの上に大量の水が振ってきた。さっきの雨以上の水だ。まるでタライいっぱいの水を俺たち狙って かけられたような...。

「なんじゃ! もう水を被ってたのか!」

上から降ってきた声に自然と視線をそちらに向けると学園長が塀の上に立ってタライを持っていた。

「が、学園長?」

伊作がまだ状況判断できていない、戸惑った声で話しかけた。学園長はそれには答えずにつまらなさそうな顔をした。

「何で水なんてかけんですか!」

隣のが抗議の声を上げた。その声はやはりいつもと違って高い。

「何でなんて...聞かんでも分かるじゃろ」
「まさか...父さんが?」
「手紙をな。こんな面白...ゴホン! 大変な事があったから知らせなくては、と」

隣のの表情がみるみるうちに怒りの形相に変わった。あれだけ言ったのに...! と低い声が聞こえたので、親父さん に怒っているのだろう。その間にも学園長はへむへむとお湯を貰いに行こう。と話していた。にかける気満々と いうわけだ。


新学期が始まったばかりだというのに俺はこれからのことを考えて眩暈がした。