「佐助ぇぇぇ! 破廉恥でござるぞぉぉぉぉぉ!!!!」

佐助さんの後ろに隠れながら顔を真っ赤にして佐助さんに叫ぶ幸村さんは耳の鼓膜が破れそうなほどに大声を上げた。 咄嗟に手で耳を塞ごうとしたが手が後ろで縛られていては無理だった。あまりの大声に耳がキーンとして頭がぐらぐらする。 少し離れたところに居る私でさえもこれなのだから下手したら佐助さんは鼓膜が破れているかもしれない。と、思い ながら見てみると耳を塞いでいたらしく、もろにその大声を浴びなかったらしい。
顔を顰める佐助さんの後ろに居る大声を出した張本人の幸村さんの方がダメージを受けていそうだった。顔は真っ赤で 心なしかふらふらしている。それに鼻に詰めていた紙は今の勢いでか、どこかに飛んで行ってしまったらしい。 下手したら血管が切れているんじゃないだろうか...。
...なにもそこまで頑張らんでも...。

「ちょっと旦那うるさい! 俺様の鼓膜が破れたらどうしてくれるわけ?」
「む...だ、だが...」

一緒に......とぼそぼそと言ったかと思うと幸村さんは何を想像したのか顔をみるみるうちに真っ赤に染め上げてゆでだこ みたいになった。そして血を出しすぎたのか頭に血が上りすぎたのかゆらりと体をふらつかせて「くっ...!」と言いながら地面を叩いた。
...本当に一体何を想像したんだ。
佐助さんは今の幸村さんの叫びで冷静さを取り戻してしまったらしい。さっきまでの慌てた感じがなくなって、眉間に 皺を寄せて幸村さんを見下ろしている。せっかく佐助さんのポーカーフェイスを崩す事に成功したのに...。
私がこんなに優位な立場に立てたことはなかったというのに...私の天下もここまでか...。

「そう言っても幸村さんも一緒に寝た仲じゃないですか」

気を取り直してターゲットを佐助さんから幸村さんに移すとそれに気付いた幸村さんが明らかにぎくりと大きく肩を揺らした。 元々大きくて丸い目をますます大きくして佐助さんの足の後ろから怯えたようにこちらを見ている。
こう見てみると私よりも幸村さん の方がよっぽど犬っぽいかもしれない。

「寝る前に今日あった出来事を話してくれながら私の頭撫でてくれましたね...」
「そっ! 某はそのようなこと...!!」
「してました。私炎丸(仮)なんで、幸村さんが時々寝てる私の匂いを嗅いでたのも知ってます」
「お、あ、ちがっ、そ...!」
「幸村さんって私の肉球の匂い嗅ぐの好きですよね」
「!!」

幸村さんの通常の色に戻ってきていた顔色がまた真っ赤になった。一目で焦っているのが分かるほどに幸村さんは おろおろしている。その様子があまりにも面白くてにんまり笑みを浮かべていると完全に傍観者を決め込んでいた 佐助さんが間に入ってきた。

「...ちょっと、あんま旦那を刺激しないでくれる?」

さっきよりもだいぶん控えめな口調なのは自分が標的にされてはたまらないと思っているからなのか。いつもの佐助さん らしくないことは確かだ。まるでお母さんみたいに叱るのが佐助さんだ。他にも意地悪くねちねち怒ったり。なのにこんなに控えめで やんわりした口調じゃ“叱る”じゃなくて“注意”だ。視線をちらっと佐助さんに向けると取り繕うように口角を上げて愛想笑いを浮かべた。 間違いなく標的が幸村さんから自分に変わるのを恐れている。

「だって幸村さんが信じてくれないからです。昨日だって...」

私は自分の正当性を述べてからもう一度幸村さんを苛め...じゃなくて、信じてもらおうと昨日寝ようと布団に入ってから 骨が折れるかと思うほど体を思いっきり抱きしめられたことをはりきって暴露してやろうとした。が、幸村さんが何か小さい 声で言ったので黙った。幸村さんは俯いていてこちらからは表情が読めない。どういうことかと尋ねるように佐助さんに 視線で尋ねるが、佐助さんも分からなかったようで首を僅かに振って自分の後ろに隠れている幸村さんに話しかけた。

「旦那? どうし...」
「お...」

まさか...! 私は嫌な予感に顔が引き攣った。佐助さんはすぐに来るだろう大きな衝撃を察知してしっかりと両耳を塞いでいる。 ずるい! 私だって耳を塞ぎたい! 両手を縛られたままじゃ自分の耳を塞ぐなんてこと出来るわけもなく私は身を縮こませて 目をギュッと瞑った。

「...おやかたさばぁぁぁぁ!! 叱ってくだされぇぇぇぇぇ!!」

さっきよりも更に大きな声。それに幸村さんの正面に座っていたら私はその衝撃が直撃したと言っても過言ではない。通り抜けていった大きな声に またしても頭がぐらぐらした。耳に膜が張ったような変な感覚がしたが手が塞がれたままでは何も出来ない。
...部屋どころか屋敷中に響いたんじゃないだろうか。
はぁはぁ、と顔を真っ赤にしながら息を荒げている幸村さんに同情する気もおきない。それは佐助さんも同じだったらしく 冷たい目で幸村さんを見下ろしている。苦しんでるのだって自業自得だ。幸村さんをギロッと睨んでから、佐助さんのこともギロッと睨む。

「...何で俺様まで睨まれるわけ?」
「一人だけ裏切って耳を塞いだじゃないですか!」

耳の感覚が戻らなくて少し大きな声を出しすぎてしまったかもしれない。佐助さんがいかにも煩そうに眉根を寄せたから。

「俺様は止めたじゃん。旦那を刺激するなって」
「...頭がくらくらするなぁ」

聞こえないフリをして呟くと佐助さんが「うっわ、腹立つ」と心底憎らしそうに呟いた。
その時遠くから何かが聞こえてきて私は言い争うのをやめて姿勢を正して音の正体を見極めようとした。多分炎丸(仮) の状態だったら耳としっぽがピンと立っていただろう。
耳を澄ますと地鳴りのような音であることに気付いた。 ドドド...と少しずつ近づいてくる地鳴りのような音に私は不安になって佐助さんと幸村さんを変わりばんこで見つめた。 二人の表情は見事に違った。佐助さんはめんどくさそうな顔をして、幸村さんは何故かやる気に満ち溢れているように両手に拳を作っている。 その時、部屋の障子がスパーン! とすごい音をたてながら開いた。

「ゆきむらぁぁぁぁぁ!!」

本日第三の衝撃が私の耳を襲った。