「すまなんだな。幸村の声が聞こえて、ついな」
「ついじゃないですよ...!! もう...この障子......」

はぁ、とでっかいため息をついた佐助さんに“おやかたさばぁぁ”は軽く「すまん、すまん!」と謝ってわはははと豪快に笑い飛ばした。 佐助さんはそれを聞いて肩をがっくり落としている。
“おやかたさばぁぁ”が幸村さんをぶっ飛ばして、ぶっ飛ばされた幸村さんは 叫びながら外に飛んでいった。その途中に戸を壊して...。ばきばきに壊れて既に戸の役目を果たしていない戸を直すのは佐助さんの役目なのだろう。 ここにきてまたしても私の中で佐助さんはほんとに忍者なのだろうか、という疑問が沸き起こる。
じーっと佐助さんが背中に哀愁を漂わせながら戸(だったもの)を部屋の端っこに寄せているのを眺めていると、“おやかたさばぁぁ”が 私に気づいて興味深そうな瞳でこちらを見た。

「佐助、この娘は?」
「あー、ちょっと入り組んだ話なんですけど...」
「何故紐で縛っておる?」
「まぁ話せば長いんですけど、自分が狼だって言いはってるんです」
「狼と?」
「狼っ?!」

佐助さんの言葉に驚いて思わず“おやかたさばぁぁ”よりも大きな声を出してしまった。(それってよく考えたらすごいかもしれない) 佐助さんはやかましそうに眉を寄せていて、“おやかたさばぁぁ”が私の声に少し吃驚したみたいで目を少し見開いてこちらを見ている。 だけど私はその視線に構っている余裕もなく佐助さんに興奮気味に尋ねた。

「わ、私って狼だったんですかっ?!」
「...そんな大きな声出さなくても聞こえてるっての」
「犬じゃなかったんですかっ?!」
「犬でも狼でもそんな変わりないでしょ」
「変わりますよ!!」
「...何が変わんのよ?」
「狼の方が断然かっこいいじゃないですかっ!!」

縄で縛られてなかったら間違いなく握りこぶしを作って熱弁していたところだ。それほどに狼と犬の差ってあると思う。 漢字からして断然“狼”の方が“犬”よりかっこいいし。言葉の響きも“いぬ”より“おおかみ”の方がかっこいい。 それに狼って孤高とかそんな何ていうか気高い? イメージがある。犬は...主人に忠誠ってイメージだけど、かっこいい感じはしない。
私は犬じゃなくて、そんな孤高で気高い狼だったんだ...!

「炎丸(仮)はどっちかって言うと犬だけどね」
「某も狼と聞いたときは驚いた」

嬉しさのあまり頭がトリップしていると佐助さんと、吹っ飛ばされてどこかに飛んでいってた幸村さんがいつの間にか 戻ってきていて要らない一言を言って私を現実に引き戻した。パッと二人を見ると、二人ともうんうんと納得したように 頷いている。(葉っぱとか泥をつけてる幸村さんの汚れを佐助さんが手で払ってあげてる......ほんとに忍者?)
そこで今までの私の行動を振り返って見る........どう考えても家で飼われている犬で間違いない。
孤高なところも気高さも...狼から連想されるイメージが私には当てはまらない。
気高い狼はお腹を見せてしっぽを振ったり、棒っきれ拾いゲームなんてしないだろうし...。
せめて最初から狼だと分かってたら 狼らしい態度を取ったかもしれないのに...。

「...どうにも先ほどから話が分からんのう」

自分があまりにも犬らしくてしょんぼりしていると、ぽつんと寂しそうな呟きが部屋の中に落ちた。幸村さんも佐助さんも私も皆、一斉に声が聞こえた方を見ると “おやかたざばぁぁ”が寂しそうにこちらを見ていた。仲間に入れなくてすごく寂しそうだ。途端、私は罪悪感を覚える。それは幸村さんも佐助さんもだったらしい。

「お、お館様すみませぬ!! 某ついお館様のことを忘れておりました!!」
「...大将ごめん。俺様もすっかり忘れてた」
「...よい。それよりどういうことか話してほしいのう。確か炎丸(仮)とはお主たちがかわいがっておった犬...いや、狼ではなかったか?」

がばっとすごい勢いで頭を下げて謝る幸村さんと気まずそうな佐助さんに倣って私も謝るべきかどうか迷っていると お館様はその謝罪をさらっと流して言った。その言葉の中のかわいがっていたという部分についてすごく興味が引かれたけれど、 ここで口を挟むのは利口ではないと思い、口を噤んで三人を見つめた。話題の中心は私なのに黙っているというのも居心地悪い。

「その狼がこの娘だと言うのか?」

お館様の興味津々な目が私に一直線に向けられている。思わずその問いかけに頷きそうになるのを寸でのところで 押さえ込んだ。私が頷いたのでは意味が無いのだ。先ほどから自分は狼だと主張している頭がおかしな女が頷いたところで なんの説得力も無い。
だけど、幸村さんと佐助さんが頷いてくれたら。私の主張は本物だと信じてもらえる。
口を噤んだまま幸村さんと佐助さんを見つめる。さっきの私の話を信じてくれるなら肯定してくれるはず。だけどまだ 私が頭のおかしな女だと思っているのならきっと私はこのまま......。
肩にかかる重力が倍になったような気分で私は息をのんで二人を見つめた。
幸村さんは考えこむように難しい顔をして眉間に皺を寄せている。佐助さんはそんな幸村さんを見てから私の方をちらっと見た。 その表情に浮かぶ感情を読み取るのは難しい。どういう意味の視線だったのか分からない私は途端に不安でたまらなくなった。
実際、幸村さんが声を発するまで一分も無かったと思う。なのに私には途方も無く長く感じられた。

「...某はそう思います」

やがて部屋に落とされた幸村さんの言葉が一瞬飲み込めずに呆けた顔で幸村さんを食い入るように見つめると、その視線に 気付いた幸村さんが困ったような笑みを浮かべて私を見た。ぱちぱちと瞬いて幸村さんを見つめると居心地が悪そうにもじもしている。

「けど証拠...あ、いや...その肝心な狼から人になってるところを見てないんだよね...」

証拠と言ってから佐助さんは慌てて言葉を足した。自分の恥ずかしい話がまた私の口から出てくるかもしれないと警戒したのだろう。

「佐助、お主は幸村と違う意見なのか?」

私も気になったところだ。そこをお館様は鋭く切り込んだ。もじもじしていた幸村さんから視線を佐助に移す。 あぁー...とか何とか答えになっていない言葉を低く呟いているのを私は息をのんで見ていた。

「いや、まぁ...俺様も旦那と同じ意見ですけど...」

歯切れが悪いのは渋々だからなのか、それでも私にとっては今一番聞きたかった言葉に間違いない。例えぶつぶつと 「あんなこと聞かされちゃ信じないわけにいかないでしょ」と不満っぽい声が聞こえても全然流せる。
それどころか信じてくれたことが嬉しくて喜びを全身で表現したいところだ。あいにく、体を拘束された身では無理な話だけれど。

「幸村さん...! 佐助さん...!」

感極まってまたしても涙腺が緩みそうになるのを抑えて私は二人を見つめた。炎丸(仮)の姿だったら間違いなく目をきらきら輝かせることに成功していたに違いない。 今なら二人が熱望していたふわふわ枕になってあげても構わない。 佐助さんはいくら鼻にチューしてくれても構わないし、幸村さんは思う存分私の肉球の匂いを嗅いでもらって構わない! いつもみたいに嫌がって顔面を足でぺしぺしすることも我慢する...!!
二人に身を預けようじゃないか...!!
そんな私の決意は口にはせずに視線で二人に伝えた。幸村さんは苦笑のような笑みを浮かべて佐助さんは呆れたように私を見てる。

「幸村と佐助がそう言うのであればにわかには信じられん話じゃがわしも信じよう」