「まずは話を聞かせてくれんか」

そう言ったお館様に促されるまま佐助さんと幸村さんが話し始めた。
二人の視点からの私についての話だったので、 話の始まりはもちろんあの雨の日のことからだった。二人とも私が違う世界から来た事については知らないのだ、当然だ。 会話をするの事態、今が初めてだし。(一方的な会話ならしてたけど、幸村さんと佐助さんには「わん」とか「わふ」とか意味を成さない言葉として聞こえていただけだ。)
そういえば私が元は人間で何故か狼になったということも知らないのだ。
二人からしてみれば炎丸(仮)と会った方が先なのだから、狼から人間になったと考えてもおかしくはない。
私はようやく紐を解いてもらえて少しだけ跡が残った手首を擦りながら二人の話に耳を傾けていた。幸村さんも佐助さんも私を 信用してるなら紐を解いていいだろうと言うお館様の言葉で動いたのは佐助さんだった。そしてあんなに頑丈に結ばれていた と思っていた紐を佐助さんはいとも簡単に解いてくれた。忍者に代々伝わる縛り方とかそんながあるのかもしれない。 あっけなく解かれた縄を見ながら解いてくれた人に「ありがとうございます」と言うと佐助さんは奇妙なものでも見るように変な顔をした。

「ふぅむ...まこと面妖な話よのう」

話はそう長くは掛からなかった。一から十まで話す必要はないと考えているらしい佐助さんと幸村さんによって話は だいぶん削られていた。主に私(炎丸(仮))をかわいがってることについて...。(まぁ、今話すべき話でもないし...)そしたらそう長く掛かる話ではないのだ。

「炎丸(仮)? と呼べばよいかのう?」
「あ、と言います。出来ればこっちの名前で...」

こんな時は最初が肝心だ。ここでもし「はい」なんて言おうものならこれからずっと私は炎丸(仮)なんて一見苛められているのかと 勘違いされそうな名前で呼ばれ続けることになる。それは狼の姿の時だけじゃなくて本来の姿――人の時でも呼ばれる ことになるだろう。......なんて恐ろしい...! そんなこと絶対にあってはならない。なので私は控えめにだけれど、 の方で呼んで欲しいと主張した。
「へぇ、ちゃんって言うんだ?」
「...炎丸(仮)では無かったのか?」
「...それは旦那がつけた名前でしょ」
炎丸(仮)の方を私の本名にしたいのか! 幸村さん...!
どうやら私に名前があったこと事態、幸村さんにしてみれば盲点だったらしい。炎丸(仮)は炎丸(仮)という名前しか ないと思っているようだ。そもそもこの考えではさっき考えた私が元人間という考え事態思いついていないようだった。 その点、佐助さんは当然のように私の名前を受け入れた。私が人間だと分かっていたかのようだ。
不思議に思い、 佐助さんは見つめると視線に気づいた佐助さんが口を開いた。

「狼から人になったって考えるより人から狼になってまた人に戻ったって考える方が色々と自然じゃない? まぁ、俺様は炎丸(仮)が只者...いや、只犬じゃないって思ってたしね。」

あっけらかんと言ってみせた佐助さんはやはり恐ろしい事に私が頭の中で疑問に思っていたことが何なのか、ずばりと 答えてくれた。頭の中を覗き込まれたような気がして顔色を悪くすると意地悪く佐助さんがにやりと笑ってみせた。

「...では、炎丸(仮)は元は人間だったということか」

私たちの一連のやり取りについては気づいていない様子の幸村さんが難しい顔をして呟いた。

「むぅ...女子...殿が炎丸(仮)で...?」

自分で自分に言い聞かせるように幸村さんがぶつぶつと呟く。多分、幸村さんの頭の中は混乱している。
その幸村さんを放って、お館様が興味津々に瞳を輝かせて私を見た。別にやましい事も無いけど、露骨に興味を持った目で見つめられるて体がびくっと跳ねる。

「何故、人に戻ったのか原因は分からんのか?」
「...はい。朝起きたらもう人になってたんです」
「寝る前までは炎丸(仮)だったということか?」
「はい」
「では、寝てる間に何かあったということじゃろう」

お館様の理屈は理解できるし、そう考えるのは自然だと思うけれど寝てる間に一体何があったかなんて、意識が無いので 覚えていない。けれど、お館様は私に何があったか思い出さそうとするようにジッと私を凝視している。
私は焦りながら、一応昨日の寝てる間のことを思い出そうと頭を捻ってみる。
昨日は......一度、幸村さんが布団を蹴とばして寒かったので目が覚めた。それからまた布団をきて寝たので目が覚めたのは その一回だけだ。その目が覚めたときはちゃんと犬だったと思う...。
うぅん、と唸るとお館様が力いっぱい「思い出すのじゃ!!」と叫び、幸村さんが「後一歩でござる!!」とか、 適当すぎることを言った。正直思い出そうとしている邪魔をしているのかと思うけどこの二人は大真面目に私を応援してくれてるようなので 黙れとも言えない。佐助さんなんかはお構い無しに畳の上の吹っ飛んだ戸の破片を拾い集めている。
...無感心でいられるのもなんか嫌だ...。
何かヒントを探ろうと視線を庭先に向けたとき、パッと何かが脳裏を掠めた。
その掠めたものを手繰り寄せようと眉間に皺を寄せたとき、思い出した。

「あ!!」

皆の視線が私に向けられる。その中の一人に私は焦点を合わせた。

「幸村さんだ!!」