名指しで呼ばれた幸村さんはその場で器用にもピャッと座ったまま跳ねた。ここで自分が出てくるとは予想外だったらしい。 びくびくとこちらを伺う様子は耳があればきっと垂れ下がっている。

「...そ、某が何かしたでござろうか...?」
「はい! 団子をくれるって言いながら一人で食べたんです!」
「何っ?! 幸村! お主団子を独り占めしたのか!!」
「そ、そのようなこと...」
「大将、夢の中の話ですよ」
「そうであったわ」

お館様にものすごい勢いで睨まれた幸村さんは体を小さくしながらごにょごにょと答えた。
佐助さんが指摘した通り、 私の夢の中での話なのだけれど、その自信無さ気な返答で心当たりがあるのだと悟った。これは多分前科ありだ。

「夢の中で幸村さんが団子を食べてたんですけど、私には一粒もくれなくてこんなとき人間だったら文句言ってやるのに ちくしょう!って思ったんです」
「...じゃあ人間になってたって?」
「たぶん間違いないですよ...理由はこれだと思います...!」

謎が解けた満足感にふー、と息を吐くと佐助さんが呆れた目でこちらを見た。何か言いたげなその目にムッとして 「何ですか?!」と半ば喧嘩腰で噛み付くように話しかけると「や、別に?」なんてクールに流されてますます腹が立った。
「団子が食べれないとあっては一大事...」
とは幸村さんだ。私の意見に賛同してくれるようで、うんうんと何度も頷いている。
お館様はどちらの意見にもつく ことをせずにただ楽しそうに笑っている。

「ま、旦那と炎丸(仮)が食い意地張ってるって話は置いといて」

聞き捨てならない言葉にすぐさま反撃しようとしたが手を顔の前にかざされて反射的に動きを止めてから、しまった! と思った。炎丸(仮)だった時の癖が取れない。私が黙り込んだ隙に佐助さんは口を開いた。

「じゃあ逆に犬になりたいって思ったら炎丸(仮)に戻れるってこと?」
「おぉ、理屈ではそういうことになるのう」
「炎丸(仮)に戻れるでござるか?!」

心底嬉しそうな幸村さんの様子に私の心境は複雑だ。好意を持たれるのは嬉しい、けどその好意が向けられたのは 私なんだけれど私ではないところに引っ掛かりを覚えてしょうがない。

「...一回やってみます」

よかった!炎丸(仮)! と無邪気に喜ぶ幸村さんをじとりと見てから私は目を閉じた。お館様が楽しみじゃ、と言っている 声が聞こえる。私が本当に狼になるのかすごく興味津々のようだ。実際、私だって狼になる張本人じゃなけりゃ気楽に わくわくしてられたのだろうけど。張本人なのでそうもいかない。
必死に頭の中で炎丸(仮)に戻りたいと念じてみるも、体に変化が起こった気はしない。
強く炎丸(仮)に戻りたいと思わなくてはいけないようだ。 団子が欲しい!! と強く考えた時のように...。炎丸(仮)に戻りたいと思わせる何かを探すべく、私は炎丸(仮)になれて良かった、と考えさせられる 具体的なエピソードを思い出そうとした。
えぇと...うーん、良かったこと......まずは...皆に可愛がってもらえる、でしょ。他には...

「頑張ってくだされっ!!!!」

頭を撫でてもらえるでしょ。...他には...

「炎丸(仮)に戻ってくだされっ!!」

...うぅん...。

「この幸村...何も出来ませぬが応援することは出来まするッ!!」

...うう...

殿ッ...!!」

...う、うる...

「...もう旦那うるさいよ。これじゃ集中できないでしょ」
「む! そうか...」

佐助さんが止めてくれなかったら思わずあまりの煩さに怒鳴る所だった...。応援してくれるのはいいけど、隣で大声で喚かれちゃ 、めちゃくちゃ気が散ってしょうがない。その上に鼓膜まで破られてしまいそうだ。今日はただでさえいつも以上に鼓膜にダメージを負っているのにこれ以上大声に耐えられないかもしれないじゃないか。
ようやく静かになったので気を取り直して頭の中でこれまでの炎丸(仮)としての記憶を思い返した。最初に目が覚めたときは 自分が犬になっていてただ驚いたけど仕舞いにはこのまま犬でもいいかもなぁー、なんて考えたのは間違いなく佐助さんと幸村さんが 居たからだ。二人にこうやって可愛がられるのなら犬で居るのも悪くないとまで考えた。
頭を撫でる幸村さんの手の感触、佐助さんの硬い太もも...団子をくれない幸村さん...臭い薬の匂いを嗅がせようとする佐助さん...私のことをを臭い臭いと罵る幸村さんと佐助さん...。
.......なんか結構よくないこともされてるような気がする。
このまま炎丸(仮)のままでもいっかなぁ、なんて考えたのは早まったかもしれない...。
けど、このままずっと人の姿だったらもう頭も撫でてくれないだろうし、太ももを枕にさせてくれないどころか一緒に寝ることも無くなる だろうし...佐助さんの太ももははっきり言って寝心地が悪い、幸村さんは幸村さんで首に抱きついてきて抱き枕にしようとするので命の危険を 感じる時もあるけど、それを差し引いても.........それに何より二食昼寝付きに時々おやつもついてくるなんてすっごく魅力的な生活だ!
やっぱり炎丸(仮)に戻りたい...!!
結論に辿り着いたと同時に頭とお尻のところらへんにむずむずする感覚を覚えた。

「お...」

誰かが驚いたような声を漏らしたので目を開けた。今自分の体に変化が起こっていることを確信しながら。
だけど開いた先には普通に人の足があった。

「あれ?」

炎丸(仮)になったと思ったのにと声を漏らしながら顔を上げると三人がすごく驚いた顔をしてこっちを見ていた。
まだ炎丸(仮)になってないのに何を驚いているんだと怪訝に三人を見ながら、珍しく感情を露わにしてる佐助さんを見て 今のうちにあの臭い薬を鼻先につきつけてやりたいと思った。鼻の中に詰め込んでも私が感じた鼻がひん曲がりそうな ほど臭くは感じないと思う。私のそんな悪巧みを敏感に嗅ぎつけたのか(悪口とかにも敏感だし、ありえる) 佐助さんが私の頭の上の辺りを指差した。なんだ、一体どういう意味が...どういう報復が返ってくるのか、びくびく していると幸村さんが「耳」とだけ呟いた。
何だこの人たち...変だとは思ってたけどやっぱり変だ。
おかしな人を見る目で三人を見ながら私はとりあえず幸村さんの“耳”という言葉にどういう意味があるのか、と思いながら 自分の耳を触ってみた。
.......ない。え...? 耳が無い。
慌てて髪の中に手をつっこんで探ってみるけどあるべき所に耳がない!!
ちょっとしたパニックを起こしながら頭を闇雲に 撫でていると頭の天辺に二つ何かが触れた。
恐る恐るその何かを手で掴むとふわふわと柔らかい手触り。...まさか......。
形を確かめるようにそのふわふわの物体を掴み、触ると犬の耳のような形をしている。
そして、触っていると確かに耳を触られている感覚があることに気付いた。
もうこれは確実だ。


「...なっ、なんじゃこりゃーー!!」


「...あ、何かこの光景前にも見たことあるかも」
「佐助もか? 某も同じ事を思った」
「元気な娘じゃのう」