「私だ」
「...あ、屋根裏の人」

口を覆っていた蓋代わりの手が外れたので今度はちゃんと私の言葉は言葉として機能した。
私のあだ名が気に入らなかったのか 一瞬嫌そうな顔をしたものの気を取り直したように目の前の人はもう一度「どうかしたのか」と尋ねてきた。
殺人鬼では無く、顔見知りだと分かると先ほどのパニック状態は落ち着いて、私は何故こんな時間にうろついていたのか気付けばプライドも何もかも捨てて話していた。 話をしたのは今日が初めてだけど炎丸(仮)だった時にお世話になっていたので知り合い感覚だ。お世話になったというのは 時々お腹が空いたなぁとお腹を鳴らした時にどこからかサッと現れておやつをくれたり、暇だなぁって時にどこからかサッと現れて よしよし撫でてくれたり、道に迷った時にサッと現れてこっちにおいでって道案内してくれたりということだ。何人か私にとっての お助けマンみたいな人がいるのだけど、この人はそのうちの一人だ。
確かこの間泥だらけの足のまま部屋の入ろうとしたところを止めてくれたのはこの人だった。
寝る前に報告とかで佐助さんの所にやってきていたので佐助さんの部下だってことは知っている。他のことは何も知らないけれど 、色々なピンチを助けて貰ったので勝手に親近感を持っている。 私の足長おじさんならぬ、私のお助けマンだ。

「それで、眠れなくてうろうろしていたのか?」
「だって...あ、ちょっと見てくださいよ」

呆れた顔をするお助けマンの袖を引っ張って部屋に入れて、私は屋根のシミを指差した。

「あれを見てください」
「...なんだ?」
「ちゃんと見てください!」
「...いや、見てるが...」
「...顔に見えないですか...?」
「は?」
「ムンクの叫びみたいに苦しんでる人の顔に見えないですかっ?!」
「...むんくの叫びとやらは知らないが、ただのシミにしか見えない...」
「...」
「...」

マジで? 見えないの? 私にはこんなにはっきり見えるのに?
お助けマンはちょっと感受性みたいなのが欠落しているんじゃないだろうか。それとも私は霊能力があるせいであの顔が 見えるのだろうか、とちょっと真剣に考え始めた所でいつの間にかお助けマンがいなくなっている事に気付いた。
ハッとして戸を振り返るとすでにお助けマンは部屋から出てしまっている。

「早く寝なさい。明日の朝起きられなくなるぞ」

まるでお母さんみたいな小言と共に戸が閉められそうになって、私は慌ててお助けマン向かって突進する勢いで走った。

「待ってください!」

ガシッと腕を掴むとお助けマンが驚いた表情をしたが私は構わずにもう一度お助けマンを部屋の中に引きずり込んで、 素早く戸を閉め、退路を絶った。それを唖然としたようにお助けマンが見ている。

「お助けマンは今お仕事中ですか?」
「お助け...? いや、仕事といえば仕事だが...」
「ちょっと抜けれる感じですか?!」
「あ、あぁ...まぁ」

ちょっと歯切れが悪いので私に遠慮しているのだろうかと考えると、「大丈夫だ」とお助けマンが言葉を重ねた。それならば、せっかくの救世主を逃がす気は無い。
出来る事なら恥ずかしいので佐助さんにも幸村さんにも頼りたくない。そこに都合よくお助けマンが現れたのだ。 もうこれは運命だ...! 私は独りよがりにこの出会いを運命だと結論付け、お助けマンに向き直った。

「私が寝るまでここに居てくれませんかっ?!」
「......は、はぁ?」
「大丈夫です、私寝つきはいいんで!」
「そういう問題じゃない! 年頃の娘が...」
「そういうことなら大丈夫です!」

自信満々に言い放つと私はその場で炎丸(仮)になって見せた。佐助さんの部下なので話は聞いていたのだろう、別段 驚いた様子も無かった。上から注がれる呆れた視線を受け、私は炎丸(仮)になった時のとっておきの必殺技を出した。 ぱたぱたと尻尾を振り、耳を垂らす。そして目をきらきらにさせる、このときのポイントして少し悲しげな表情を作ることだ。
そしてこれがとどめだッ!! くらえッ!!

「くぅ〜ん」
「...くっ!!」

小首をかしげながらの甘えた声攻撃!!
お助けマンに90のダメージ!!
この攻撃が効果ばつぐんであることは佐助さんと幸村さんで実験済みだ。
くっくっくっ...さぁ、どうするお助けマンよ...。胸中で悪ぶったそんな台詞を投げかけるとお助けマンは小さく息を吐いた。 続けて「...しょうがない」と呟いたお助けマンにありがとうの意味を込めて軽く吠えるとすぐに「しっ」と言われてしまった。

.
.
.

ちゃーん。まだ寝てんの?」
「...」
「開けていい?」
「...」
「もうー、開ける、...!!」
「...」
「...」
「おはようございます」
「おはよ...じゃなくて、何でここにいんのっ!?」
「...昨夜、眠れないと部屋を出てうろついているところを」
「うん。ちょっと待って、いつまで暢気に人の膝の上で寝てんのかな? この元凶は?」
「きゃうっ!!(いたっ!!)」
「鼻に薬詰め込まれなかっただけありがたいと思いなさい」
「わんわふ!!(な、何でここに佐助さんが?!てか、全然ありがたくないし!ほっぺた痛い!)
「言っとくけどちゃんが悪いんだからね」
「...(何か知らないけど怒ってるみたいだしこの場はしおらしくしとこう...朝一で説教とか今日はついてないわ〜。絶対今日の運勢最下位だな)」
「分かってる? 一応自分が女だってこと」
「...(まだ寝たりないや。お助けマンの足も硬いし、柔らかい足を枕にして一回寝てみたいなぁ)」
「...」
「...ふっ(こんなにカチカチにしなくてもいいのに。...カッチカチやぞ!なんつって!ぶはっ!)」
「...聞いてる?」
「きゃうううん!!(いたっ!いたいっ!!鼻がもげる!!)」

鼻がもがれる前にそういえば人間に戻れる事を思い出した私は鼻を掴まれたままその場で人に戻った。だが、 どういうシステムになっているのか分からないけれど、鼻は短くなったはずなのに相変わらず鼻から指は離れず、掴まれたままだったので 痛さのあまり今日一番に人として発した言葉は「いたたたたっ!!」だった。急に人間に戻ったので佐助さんは驚いた様子だったが 指はしっかりわたしの鼻を掴んで離さない。ちょっと涙目になったところでようやくハッとしたような佐助さんが鼻を 離したので、そこでやっと私は赤くなった鼻を擦る事が出来た。
私の悲痛な声を聞きつけたらしい幸村さんが朝っぱらからまたうるさいことになったのは言うまでも無い。
そして昨日の夜のことを拒否権無しに話さされた。(実際は私は黙秘していたのにお助けマンがあっさりと話してしまったのだ。 天井のシミがムンクの叫びに見えるやら、無理やり寝るまでお供させられ、その際私が自分の膝を枕にして寝て動けなかった。 など、言わないでって言う私を無視してぺらぺらと喋ってしまったのだ。お助けマンのくせに口が驚くほど軽い!!)
けれど意外なことに佐助さんはこの話を聞いてもいつもみたいに意地悪なにやにや顔を浮かべなかった。 その代わりに神妙な顔をして、寝るときは今までのようなシステムにしようと言ってくれたのだ。私としては願ったり叶ったりな 提案なので返事はもちろんイエスだった。
なんだ、話せば分かってくれるんじゃないか、佐助さんめ憎い奴!
私の嬉しそうな顔を見て佐助さんは何か言いたげに眉間に皺を寄せたが結局は何も口にしなかった。
幸村さんは最初、今まであんなに一緒に寝てたくせに今更渋っていたが佐助さんの「別にいいよ。俺様が炎丸(仮) のふわふわ独占するから」の言葉にすぐさま待てを叫んだ。私としても別に一人で寝なくていいなら佐助さんでも 幸村さんでもいいのでぶっちゃけどうでもいいことだけど幸村さんは私のふわふわを佐助さんに独り占めされるのは許せないものがあるらしい。

「某とて炎丸(仮)でふわふわしたい! ...就寝前の至福のひと時を邪魔するつもりか、佐助ぃッ!!」

唾を撒き散らす勢いで握りこぶしを作って話す幸村さんを呆れ顔で見ていると、佐助ぃッ!と呼ばれた佐助さんも 私と同じように呆れた顔をして幸村さんを見ていた。

「や、だからさぁ......もういいや」

佐助さんの表情はあきらかに幸村さんの相手をするのをめんどくさいと書いてあった。それを眺めながら別に誰も邪魔 しようとはしてないし、幸村さんが渋ってただけじゃないか、なんて幸村さんに対するまっとうな言葉はめんどくさいのでしまっておくことにした。
その代わりに隣に居るお助けマンに昨日のお礼を言う。

「昨日はありがとうございます。太ももは硬かったけどお陰でぐっすり眠れました」
「いや...」
「幸村さんと佐助さんが居ない時はまたよろしくおねがいします」

頭を下げながら“もしも”の時を考えてお助けマンの硬い太ももを予約しておく。こう言っとけば一人になった時も大丈夫だ。 もはや私の頭に一人で寝るという選択肢は存在しない。お助けマンが呆れたような困ったような顔をしているが、そんなもの構うものか。 お助けマンが押しに弱いことは昨日の夜に分かっているのだ。

「...は、破廉恥でござるぞっ!!」

私たちの会話を聞いていたらしい幸村さんが叫ぶ声で頭の中がぐわんぐわん揺れる。顔を真っ赤にした幸村さん は朝っぱらから元気が有り余っているようで、その後も何か叫んでいたが佐助さんが強制的に口を塞いで黙らせた。
...というわけで、私は今までどおり幸村さんと佐助さんと寝ることになった。
お助けマンはやっぱりお助けマンだった。私を危機的な状況から救い出してくれたのだから。
あんな良い人が居るなんて、この世の中も捨てたもんじゃない!