20130201




本物の狼で無いことがばれてしまったし、自由に人や狼の姿に変われるようになってしまったので今までのような自堕落な生活 (朝寝、朝食、昼寝、おやつ、遊ぶ、夕飯、就寝というご隠居みたいな生活だ)をするわけにもいかず...。 人なのだから働かなくてはいけないと思った。だって、ここの人たちって皆すごく忙しそうだし...。 そんな中で一人縁側で昼寝してるとか気が咎めるどころか、罪悪感まで感じる...。今までなら犬だと周りからも思われていたし、 私も人の姿に戻れなかったのでお気楽に縁側で横になって、時々幸村さんと佐助さんの相手をしてやればよかっただけなのだけど、 人に戻れるとなれば話は違ってくる。
ぐうたらのただ飯食らい...! このままではそんな恐ろしい称号がついてしまう!
そんなのは絶対に嫌だ! 
そうと決まれば、私は自室にと幸村さんが用意してくれた部屋に飛び込むと、これまた幸村さんが用意してくれた 着物に着替えるために人の姿に戻った。


「何かお手伝いさせてください!」

慣れた道に通いなれた部屋...というよりも、ここも私の自室と言ってもいいほどに過ごしている幸村さんの部屋に走ってきた勢いのまま入った。 ちょうど私が飛び込めるように用意してくれていたかのように戸も開きっ放しになっていたので、私はとてもスムーズに 部屋に入ることが出来た。突然部屋に飛び込んできた私に、机に向かっていた幸村さんはぎょっとした様子で振り返り、私の姿を目に映すと またしてもぎょっとした様子で体を揺らした。動揺しまくりの幸村さんとは対照的に佐助さんは私が突然部屋に飛び込んできた ことにも驚いた様子もなく振り返る。そして私の格好を上から下まで眺めるように視線を上下に動かした。
私はというと、勢いつけて叫びながら飛び込んできたというのに、叫んだ内容について触れられないことにちょっと ショックを受けた。まさか聞こえてない? あんな大声だったけど?
どうすることも出来ずに入ってきた時のまま両手に握り拳を作ってつっ立っていると、ようやく点検を終えた らしい佐助さんが私の顔に焦点を合わせた。

「帯むちゃくちゃじゃん。っていうか全体的にテキトーだね」

その視線は今度は私のでたらめに結んでいる帯へと向けられている。帯なんて結んだことが無いので適当にそれっぽく 結んでみたんだけど、やっぱりというかなんというか小姑のように目敏い佐助さんはすぐに気付いたようだ。

「けどそれなりに出来てると思いませんか?」

あくまでもポジティブな私は佐助さんに問いかけた。完璧とは程遠いけど、見れたもんじゃないってほどでも無いと思うのだ。 それどころか見よう見まねで結んだにしてはなかなか良い線いってると思うのだけど...そう言った私に、だけど佐助さんは頷いて同意してくれるどころか、 微妙に暖かい眼差しで私を見つめた。その微妙な微笑みに私の機嫌は急降下する。
なんだ、その何も出来ない子の成長を見守ってるみたいな顔は!
ムッと眉間に皺を寄せた私を見ても佐助さんは生暖かい目をやめなかった。

「まぁまぁ、ちょっと腕上げて動かないで」

まぁまぁ、って一言如きで私の機嫌が直るわけが無いと視線で訴えかけるも、佐助さんはそれを軽く流して私の背後 に回り込んだ。背後に回りこんで一体何をするのかと思うとびくついてしまう。私の生意気な態度に腹が立って背後から鼻の中に あの臭い薬を詰め込まれるかもしれない。それともそれとも私が人間に戻った時の朝にされたような羽交い絞めを されるのかもしれない...! 警戒心を露わにする私に佐助さんが苦笑い交じりの声が掛けられた。

「ちょっと帯直すだけ」

続けて「腕上げて」と言われると私は頭で考えるよりも先に手を上げていた。手を上げてしまってから、自分が 何の疑問も抱かずに佐助さんの言うとおりにしたことを嘆いた。

「日頃の調教のせいか...」

炎丸(仮)の弊害がこんなところで出てしまうなんて...。
どうにも私は炎丸(仮)の時の癖が抜けなくて、佐助さんと幸村さんの言うことに素直に従ってしまう。
頭で考えるよりも先に、体が勝手に動いてしまうのだ。別にいいかもしれないけど何だか嫌だ。
深刻な私の呟きに佐助さんの焦ったような「ちょっ、誤解されるからやめて」という声が聞こえたが無視した。 大人しく腕を上げたままの私の胴に巻かれた帯の結び目を、佐助さんが解き始めたところで机の前に座って固まった ままだった幸村さんが突然飛び上がった。そこで私は部屋の中のオブジェとして一体化しつつあったものが幸村さんであったことを思い出した。

「さっささささ佐助っ!! ここでするのか!!!!」
「するよ。なに、外でしろって?」

尋常ではないほどに大きな声でどもる幸村さんは、これまた尋常ではないほどに顔が真っ赤だった。今にも湯気が出そうだ。 そういえば、私が始めてこの姿に戻った時にも顔を真っ赤にしていたな、と思い出した私はじっと幸村さんを見た。 手はばんざいの格好のまま幸村さんを見ていると、私の視線に気づいた幸村さんの挙動が明らかに不審になった。

「そッ、そうは言ってないだろう...!」

目玉をキョロキョロさせて、幸村さんの額には目に見えて汗が浮き出てきた。それに先ほどよりも覇気の無い声で答えている。 幸村さんの様子を私は観察していると、脳裏に幸村さんが鼻血を垂らしている光景が浮かんだ。
あの時は「破廉恥!」って叫んだと思ったら、次の瞬間には鼻血を出していたのだ。
そのとき、私の頭にはある考えが浮かんだ。間抜けにちり紙を鼻に詰めていた幸村さんの映像が頭に浮かんだと同時に閃いた。
幸村さんってもしかして女の子が苦手なのだろうか?

「別に帯を直すだけだから。旦那ってば大げさ」
「...ッ某は外に出ている!!」

力いっぱい叫んだ幸村さんは目をぎゅっと瞑りながら走り出し、あ、と思ったときにはものの見事に転んだ。
びたんっ! と、全身を畳みに叩き付けた音が部屋の中に響く。

「...」
「...」
「...」

そりゃ目を瞑りながら走ったらそうなるでしょうな。と、妙な沈黙が流れる中で感想を胸中で述べる。
畳に顔から突っ込んだ私が言えたことじゃないんだけど、何も無いところで転んだ幸村さんはすごくかっこ悪い。 目瞑ったままだと転ぶのに、と思った次の瞬間には転ぶんだから、幸村さんはある意味期待を裏切らない人だ。
きっと今、幸村さんは顔を真っ赤にしてこの羞恥に耐えていることだろう。経験者である私にはその気持ちが痛いほどわかった。 痛いほどわかるからこそ私は声を掛けることが出来なかった。

「...旦那、大丈夫?」

だけど唯一、この尊い経験(人が見てる前で盛大に転ぶという経験)がないと思われる佐助さんは幸村さんに声をかけてしまった。 私は後ろを振り返って佐助さんに、人差し指を口の前に持ってきて慌てて「シーッ」と言った。「え?」と、事情が飲み込めていない 鈍感な佐助さんに「この鈍感!」とは、決して口にしては言えない台詞を心の中で叫ぶ。それから両手で輪を作り、口を囲む。
そうすると佐助さんも私の意図に気付いてくれたらしく、耳をこちらに傾けてくれた。

「...こういうときは何も見てないふりをしてあげるんですよ」
「えぇ? いや、無理でしょ。あんな盛大に転ばれちゃ」
「...だけど見なかったふりをしてあげるんです!」
「えぇー」
「シーッ! 声が大きいですよ! 幸村さんに聞こえちゃうじゃないですか!!」
「...そういうちゃんの声はだいぶ大きいけどね」

せっかく私が幸村さんには聞こえないように気を使って小さな声で話しているというのに、佐助さんは遠慮なしに大きな 声で話している。慌てて振り返って見てみると、ちょうど幸村さんが起き上がったところだった。
私は息を飲んで様子を観察した。背後から見えた耳は、幸村さんの服ぐらい真っ赤になっていることに気付いた時、

「くっ...!」

と、声を上げた幸村さんは超特急で部屋を出て行ってしまった。
幸村さんの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、私は深刻な感じに呟いた。
実際、事態は深刻だ。幸村さんのハートはきっとブロークンしてしまったのだから...。幸村さん イズ ブロークンハート

「...佐助さんのせいですね」
「いや、ちゃんのせいだね」
「いやいや佐助さんのせいですよ」
「いやいやいやちゃんの声が大きかったのが原因だと思うよ」

暫し見詰め合って、無言で幸村さんの心を傷つけてしまった責任を擦り付け合うものの両者引かないものだから、無言が続いた。 だが、私は見詰め合っているうちに、そんなことよりも佐助さんの顔のペイントにはどういう意味があるのかが気になってしょうがなくなってしまった。 緑っぽい鼻と頬に描かれたものを交互に見ながら考える。
何か意味があるのだろうか...そういえば野球選手でもほっぺたに何か書いてる人とか居るけどあれは一体...。

「...ね、ちょっと一人で夢想しないでもらえる?」
「...ひゃい」

腕を組んで本格的に考え始めたところで、左頬を掴まれてしまった私の返答は間抜け以外の何ものでもなかった。