「えーと、それでなんだっけ」 無事に帯を巻いてもらえた私は佐助さんの言葉で、はて? と数分前の自分の行動の理由について思い出してみる。 そもそも私は何でここに来たのだっけ? すっかり忘れてしまった私は、唸りながら思い出そうとした。自分の行動を巻き戻すように頭の中で再生していく。 「あ、お手伝いとか言ってたっけ?」 私が思い出すよりも早く、私の行動の理由を思い出した佐助さんは「そうだそうだ」という気軽な感じで呟いた。 だけど私は「あーそっだった!」とは、ならなかった。私のことなのに私より早く佐助さんが思い出すだなんて...ショック! 記憶の衰えを感じてショックを受けている私には気にも留める様子もなく、佐助さんは話を続ける。 「お手伝いかー」 思案するように顎に右手を添えている佐助さんを見ながら、私は帯びを観察していた。 佐助さんは簡単に巻いてしまったけど結構難しいというか...全然覚えられなかったというか...次に自分でしろと言われても無理というか...。 せっかく佐助さんが「こうして、ここで巻いて」とか、丁寧に教えてくれたのに私の頭にはすでにおぼろげにしか記憶が残っていない。 まあ、次も佐助さんに巻いてもらおう。佐助さんがダメだったらお助けマンにしてもらおう。幸村さんに頼むことができないのはさっきのことでわかっている。 一人で結論付けたところで、ちょうどよく佐助さんも思案するのをやめてこちらに話しかけに来た。 「ちゃんって、料理とか作れる?」 「...」 「...」 「......カレー、とかなら...(ぼそ)」 「ん? なに?」 にこにこしてる佐助さんからは何だか威圧感のようなものを感じてしまう。カレーが料理とか舐めてんの? とか言われている わけじゃないけど、その類のものを感じてしまうものは私がカレーしか作れないことを負い目に感じているからかもしれない。 佐助さんが料理しているところは何度か見たことがある。小腹が空いて何かちょうだいって言いに台所に行った時に、 その腕前を目にしたのだ。台所に行くと大体なにかもらえるので、台所に居る顔見知りのおばちゃんやお姉さんに愛想を 売りに行ったのだ。そのときに佐助さんが料理しているのを見たのだけど、するする野菜をむいたり、「このぐらいかな」 という目分量で味付けしたりしているのを見たのだ。 さ、さすが幸村さんのお世話係...! と驚いたものだ。 そんな人に具とルーをぶちこんだら大体おいしく出来てしまう「カレーを作れます!」とは胸を張って言えない...(同様にシチュー作れます! とも、ハヤシライス作れます!とも言えない) なので私の返答は小さな声だったのだ。 黙り込んだ私に佐助さんは訝しげな表情を浮かべている。 「作れないなら作れないで別にいいよ?」 珍しく気を使ってくれたであろう佐助さんの言葉に、だけど私は何も作れないわけじゃないと反射的に声を上げていた。 「カレーなら作れます!」 「あ、そう? かれーってのが何か知らないけど料理は出来るんだね」 あ、このままじゃ本当に料理が出来る人になってしまう! 自分で肯定しておいて、危機を覚えた私は慌てて付け加えた。 「カレーは、具を切って鍋にぶち込んで炒めて煮込むとできます!!」 「え?」 「味付けはルーを入れたら出来るので大体の人がおいしく作り上げることが出来る代物です!」 「う、うん? なんでそこまで力入れて喋ってるのかわからないけどわかった」 佐助さんは珍しく、わけがわからないとでも言うような表情で曖昧に頷いた。 「それじゃあ、台所仕事は無理かなぁ」 料理が出来ないという烙印を押されてしまったことには不満が無いわけではないけれど、佐助さんのレベルからすれば出来ないも同然だ。 そして、台所に通っていたからこそわかる。 もしもカレーのルーがあったとしても、簡単にカレーを作り上げることができないことを...。 ここの台所は薪で火を炊くのだ。フーフーと竹筒を使って息を吹き込みながら、火を大きくさせているところは何度も見た。 そして水道なんて便利なものがあるわけではないので、井戸から水を運んできて、水瓶のようなところに溜めなくてはいけないのだ。 お米を炊くだけでも相当な労力が必要になるのだ。それを大変だなぁ、と思いながら、もらった肉の欠片をもぐもぐしていたのは記憶に新しい。 あのときは完全に他人事だったが、今はそんなわけにもいかない。 私はどうにかして仕事をもらわなくちゃいけないのだ。役立たずだからって捨てられることは無いと思うけど、私の気分が落ち着かない。 食っちゃ寝しかしてない。とか思われるのは嫌だ! やる気だけはあります! というのをアピールするために、私は佐助さんに視線を送り続けた。 「うーん」 考えるように顎に手を添える佐助さんに、やる気アピールの一環で腕まくりをする。そして力こぶを作ろうと腕に力を入れながら、 あのマッチョな人がよくしているポーズをした。 だけど、力こぶは全然現れなかった。 「なにやってんの。そんなひょろひょろの腕出して」 「やる気はありますって見せてるんです。それにほら、ちょっとだけ力こぶがありますよ!」 「なーに言ってんの。そんなの力こぶにも入んないよ」 薄っすら笑みを乗っけた口でそういうと佐助さんはいつものポンチョを着ていない状態で、ノースリーブみたいなものを着ていたので、腕まくりをすることも無く、 そのまま腕を曲げて力こぶを作って見せた。佐助さんがすでにむきむきなことは知っていたが、こうして目の前でむきむきされると「うわー」ってなってしまう。 「何その顔」 私の「うわー」って顔が気に入らなかったらしい佐助さんの言葉は無視して、人差し指でつついてみた。 するとやはり、筋肉は硬かった。 なるほど、これじゃ膝枕の寝心地が最高に悪いことも頷ける。 なんでこんなにまで筋肉つけるんだろ。迷惑だなぁ...つついたらこのこぶ破裂しないかな...。と思っていると、 それを敏感に感じ取った佐助さんに腕をべしっと払いのけられた。 「なにするんですか!」 ちょっと痛かったので、払われた手を摩りながら非難の声を上げる。すると佐助さんが「や、なんか不穏なものを感じて」と言う。 私の心の声が聞こえるとまではいかなくても、感じることが出来る佐助さんに改めて私は恐ろしさを感じた。 読唇術とかそんなレベルのものじゃない...! しょうがなく佐助さんの力こぶをつつくのをやめる。そして考えるのは、もう一人のむきむきのことだった。 腹筋がものすごい幸村さんのことだ。腕の力こぶもものすごいに違いない。そう思って、後で幸村さんにも見せてもらう予定を立てたのに、 幸村さんの力こぶをつつくことは叶わなかった。 「破廉恥でござる!!」という得意な言葉を叫びながら、戻ってきたばかりの部屋をまたしても出て行ってしまったからだ。 佐助さんの非難の視線を背中に受けた私は、すかさず炎丸(仮)になった。 |