「そういえば佐助さんの話はなんだったんですか?」
「うわ、俺様いま普通に忘れてたわ」
「...怖いですね。老化って...」
「鼻に薬詰めるよ」

本当にされそうなので慌てて鼻を両手で覆って隠した。
そんな私の反応をニヤニヤしながら佐助さんは見ている。完全に面白がっている顔だ。 今日の夜覚えてろ! 寝ているふりをしながら佐助さんの胸板に蹴りとパンチをいれてやる...!
今夜、貴様は私のサンドバックになるのだ...!!
静かにリベンジに燃えている私の計画を知らない佐助さんは、私がびびったのを確認してから話し始めた。

「大将のとこに行くんだけど、ちゃんも来る?」
「え! お館様のところですかっ!」

お館様といえば、幸村さんと佐助さんに怪しい奴扱いされていたときに助けてくれた命の恩人みたいなものだ。 その後勘違いでお館様に皮を剥がれるかもしれないと思ったものの、結局は私の勘違いだということが判明し、私の毛並みを気に入ってくれたらしいお館様には次に来る時はも来なさいって言われたいたのだ。 それを佐助さんは覚えていてくれたらしい。
毛並みを褒められたこともあって、一度しか会ったことがないのに私はお館様が大好きになっていた。 まあ、お館様の熱心な信者に毎日のように”お館様がいかにすごい人であるのか”ということも熱弁されたことも関係していると思う。 洗脳する勢いだからね。幸村さんのお館様話って。それを子守唄代わりに話されてたら軽く洗脳だってされてしまう。
だけど、お館様に会えるのはもちろん嬉しいけれど、その他にもこの屋敷から初めて出るという楽しみもある。 今までは屋敷の中か、敷地内にしか行ったことがないのだ。城下町とかがあるとは耳にしているものの、実際に自分の目で確かめたことは残念なことにない。
城下町行ってみてー!
そんでもって幸村さんがときどき発作のように食べたがるわらびもちが入った餡蜜食べてみてえ!!!!
一度幸村さんがこそこそ庭の隅でしているのを見つけて、何やってんだと思って見てみればわらびもちを口いっぱいに含んでいたということがあった。 一人で食べてずるい! と思った私は「私も食べたい!」と吠えながら大きな背中の圧し掛かってみたけれど、幸村さんは「ほひえはみゃはほ」とわけのわからないことを言って誤魔化そうとした。 なので、佐助さんにちくってやる! と私が走り出そうとするとそれを察したらしい幸村さんがしぶしぶ二つだけ手のひらに乗せてくれたのだ。 そのおいしさと言ったらなかった。
前ほどお菓子を食べることができない環境と言うこともあるけど、いつも食べてたわらびもちとは一味違った。 感動に打ち震える私に「この味がわかるとは炎丸(仮)もなかなかだ」と幸村さんは感慨深げだった。 けど言わせてもらうと幸村さんよりも味覚は発達していると思う。(イメージ的にだけど幸村さんってあんまり味覚が発達してなさそう)
思わず口の中に涎が溢れてきたので手の甲で拭っていると、佐助さんが「何で大将の話で涎が出てくんの...」と不気味がっていた。

「お館様のところに行くまでに城下町に行ったりしないんですか?」
「え? まぁ、寄るかもね」
「やったー!!」

私が声を上げて喜ぶと、幸村さんと佐助さんが顔を見合わせて驚いた表情を浮かべた。

「そういえば、城下町に行ったこと無かったね」
「この屋敷から出たことも無いのではないか?」
ちゃん、ここに来るまでにそういうところには行かなかったの?」

私がわらびもち入りの餡蜜に思いを馳せていると、突然話が飛んだ。
そういえば私がどこから来たとかそういう話はしたことがない。まあ今まで犬と思ってたんだから質問すること自体意味が無かったのだけど。 それでもこんな素性の知れない人間をよく受け入れてくれたものだ。

「行ったことないです」
「あ、そうなんだ」

佐助さんは少し意外そうに目を瞬かせた。

「そういえばちゃんってどこから来たの?」
「佐助っ!」

当然とも言うべき質問を佐助さんが繰り出すと、何故か幸村さんが焦ったように声を上げた。
なんだ? と思っていると、幸村さんが佐助さんに指示をして二人揃ってこちらに背を向けてこしょこしょ話を始めた。

「...殿にも事情があるのだ」
「まぁ、そうだろうね」
「きっと城下町に言ったことも無いのであれば、山の中で過ごしていたのであろう...」
「え? いや、なんで」
「最初に炎丸を拾ったのは山の中であったろう」
「そうだけど...」
「あの時は大きな怪我もしていた...きっと俺達には言えぬ事情があるのだろう...」

え?! 何だか勝手にシリアスな風に話しが進められている。別に二人に言うことができない事情なんてこれっぽちもないんだけど?!
だけどこういうときのツッコミ役である佐助さんまで真面目な表情「...あぁ」とか納得したように頷いている。 二人の頭の中では、私が人には言えない並々ならぬ事情があれこれと浮かんでいるようだった。
まぁ確かに、狼になったり人になったりして並々ならぬ事情を抱えているように見えるかもしれないけど、私にそんなものはない。 21世紀の日本なら、どこにでもいるような女子高生なのだから、そうそう並々ならない事情なんて抱えることがない。 悩みといえば女子高生らしく色恋のこと、勉強のこと、進路のこと、他には新発売のお菓子のことなどであって、決して重々しい悩みなんて無い。 それに狼になることについても、私は全然嫌だとも思っていない。むしろ、狼になれるなんてかっこいい!! って気分だ。なりたくてもなることが出来ないのだから、自慢することはあっても悩みに思うようなことは無い。
何だか変な雰囲気になってしまい、ここで「そんな事情なんてないよ!」と言うのも気が引けるけど、ここで否定しないとこれが尾を引いてしまうことは間違いない。
なので意を決して口を開いた。

「私、人に言えない事情なんて無いですよ...」

なんだか予想を裏切ってしまってすいません...。という気持ちだったので、声は思っていたよりも小さかった。 そうすると幸村さんはハッとしたように佐助さんを見た。その視線を受けた佐助さんの表情は変わることがない。

「小声で話したというのに......やはり狼だから耳がよいのだろうか?!」
「いや、ただ単に旦那の声が大きいからじゃないかと思うけど」
「ぬっ! そのようなことがあるか。俺はずいぶんと小声だったぞ」
「...うん、まぁ......いつもよりは小声だったかな」

佐助さんは多分幸村さんの相手をするのが面倒になったのだろう。適当な感じで言葉を聞き流している様子だ。
実際幸村さんは小声なんかじゃなかった。小声じゃかなかったからこそ、私の耳まで届いたのだし。 こしょこしょ話スタイルをとる必要があるの? って思うほど声が筒抜けだった。

「...まぁ、その話は追々聞くことにしよっか」
「え、いや別に追々じゃなくても...」
「あ! そうであった! 某は今日片付けねばならぬ書き物があったのだった!」
「ああ、あれね! 今日中に書いちゃわないとね」

私の言葉はまるで聞こえなかったように...というか、わざとらしすぎる幸村さんの言葉で話しはどうやら流れてしまったようだった。 今思い出したとでも言うように喋っているが、その実こちらを意識しまくっているのを感じる。 佐助さんの方はまだ自然な演技ができているのだけど、幸村さんの場合はばればれだ。
だけどそれが私に気を使ってくれているから、ということもわかっているので、「幸村さん演技下手ー!」なんてからかうこともできない。 何だか私にはとても重い過去があるような勘違いをされていることについては、別に私が騙しているわけでもないのに心が痛むのでさっさと誤解を解きたい。 なのに気遣って私の話は聞かない、とでも言いたげな二人の態度に、私はこれ以上説明することもできなかった。
さっさと幸村さんは文机に向かって背中を見せて「話しかけてくれるな」オーラを出しているし、佐助さんは佐助さんで何か読み物をしだした。 どちらも明らかに話しかけるなと背中が言っている。

「...」
「...」
「...」

...まっ、いっか!
気楽にそう考えて、その“追々”が来た時にでも話そうと決めた。
それよりも何よりも気になるのは城下町にいくことだ。もちろんお館様に会うのも楽しみなんだけど、わらびもち入り餡蜜が食べたい!! あー、城下町楽しみ!!!!

「またよだれ垂らしてるんだけど...」
「佐助ぃ!! あれは涙だ! 殿のことを思えば知らぬふりをするのだ!」
「...いや、よだれだと思うけど...」