「あー、炎丸(仮)そっちは危ないから!」

佐助さんの声が聞こえたので立ち止まって振り返れば、もうすぐそこまで近づいてきていたので慌てて走って先を行った。

「炎丸(仮)、楽しいのはわかったが迷子になるぞ!」

幸村さんの注意は右耳から左耳へと流れる。体が勝手に弾むような心地で、私は今とてもテンションが上がっていた。
それが尻尾に現れているのは自分でもわかった。振り返った先でぶんぶんと千切れそうなほど激しく尻尾が左右に動いていたのを確認したからだ。 だけどテンションが上がってしまうのはしょうがない! だってはじめての外出だから!!

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「あれ、この子も連れて行くんですか?」

そういったのは女中のフクさんだ。どうやら動物が好きなようで、いつも私に残り物をくれるとても良い人だ。
私が尻尾を振りながら「わん!(そうだよ!)」と返事をすれば頭を撫でられた。 耳をかきかきされるので気持ちよさにうっとりしていると、頭上で私について話しているのが聞こえた。

「この屋敷から出たことないし、大将も会いたがってるから連れて行こうと思って」
「それならちょっと待っててくださいよ!」

耳をかいてくれていた手が離れていってしまったので、名残惜しく思っていると、今度は佐助さんが耳をかいてくれる。 これぞ、痒いところに手が届くというやつだ。
屋敷の中に引っ込んだフクさんは、すぐに戻ってきた。その手には何か小さな風呂敷のようなものが握られている。

「これ持っていってあげてくださいよ。この子すぐお腹が減ったっていってるんで」
「わざわざ用意してくれたんだ」

どうやらその包みは私のおやつか何かが入っているようなので、すんすんと鼻を動かす。
肉っぽい匂いがするので、もしかしたら干し肉かもしれない。やったー!!
佐助さんに「ほら、お礼は」と言われたので「わほっ!(ありがとうございます!!)」と声を上げると、頭を撫でられた。

「ああ、それと道中あんまり幸村様に食べさせないでくださいね。ご飯が入らなくなっちゃいますよ」

私(炎丸(仮))と同等のように幸村さんのことを言うフクさんに、佐助さんは軽い笑い声を上げた。 フクさんはここに勤めて長いらしく、まるで幸村さんを自分の子供のように扱っている。
佐助さんは「旦那はフクさんに頭上がんないのよ」とかおかしそうに言うが、私からすれば佐助さんも頭が上がっていないように見える。 この間「ご飯食べてんですか?! そんなほっそい体して!!」とか、佐助さんが言われて困っている現場を私は目撃してしまったのだ。 「いや、食べてるって...!」とか、たじたじになっている佐助さんを物陰に隠れてこっそり笑っていると、いつの間に背後に居たのかお助けマンにその現場を見られてしまった。 今のことは佐助さんには言わないで...! と訴えた私に、お助けマンは意味深な沈黙を返すばかりだったのでしょうがなく その日のおやつで手を打ってもらうことにした。朝ごはんのうどんに入っていた鶏肉がおやつだったわけだけど、それをお助けマンに渡したのだ。 「これで一つ黙っててくださいよ...!」という私に、お助けマンはどうやら鶏肉では不満だったらしい。「いらん」としか口にしなかったので、 このままでは干し肉を要求されることになるかもしれないという危機を覚えた私は、お助けマンの言葉は聞こえないフリをしてその鶏肉を置いてきた。 「いらん」とかかっこつけて言ってたけど、うどんの出汁を吸ったおいしい鶏肉をいらないだなんてそんなことがあるわけがないと思うのだ。 (現に炎丸(仮)のときにそれを見せられるとよだれが止まらなくなってしまう)
強がっちゃって...お助けマンったらー。って感じだ。
まあつまり、フクさんは雰囲気もあわせて、みんなのお母さんって感じなのだ。
(ついでに言うと、お助けマンは結論から言えば私から賄賂を受け取ったので佐助さんには黙っていてくれたらしい。 まあ、当然なんだけどね! 賄賂受け取ったんだから!)



「佐助、そろそろ行くか」
「はいはい。じゃあフクさん行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
「うむ、留守を頼んだぞ!」
「わふっ!!(行ってきます!!)」

という感じで、私達は住み慣れた屋敷を出発してきたのだ。
どこに向かうのかといえば、当然お館様のところだ。
幸村さんの屋敷からは結構離れているらしいということなので、ときどき休憩も挟むらしく、そのときには甘味処があれば、 何か食べたりするんですか?! と興奮気味に質問すると「そうなるねぇ」と佐助さんが答えてくれたのだ。 私と幸村さんが喜んだのは言うまでも無い。何かおいしいものが食べられる...!私の頭の中はそれでいっぱいだ。 もちろんお館様と会えることも楽しみなのだけど、何かおいしいものを食べることが出来る、ということが一番に頭に浮かんでくる。 だけど初めて屋敷の外に出たということで、それも楽しくなってしまった私は、佐助さんと幸村さんを放って走った。