迷った.......。
私は今、見知らぬ森の中を呆然と立ち尽くしていた。
何故こんなことになったのかというと、ちょっと悪ふざけがすぎてしまったというか...。まあ、己が悪かったということはわかる。 甘味処で私達は少しばかり足を休ませていた。佐助さんが奮発して串団子を何本か注文してくれたので、私と幸村さんは休むというよりも”食べる” という感じだったのだけど。幸村さんは思いのほか食べるのが早くて、味わう私と比べて次々と団子を消化していった。 気づいたときには後一本しか皿の上には残っていなかった。私はまだ一本しか食べていなかったというのに...このやろう! と思った私は素早く皿の上の団子を口にくわえた。
幸村さんが「あっ!!」と声を上げたので、私はすぐさま団子を加えたまま走った。そして距離が開いたのを確認してから 振り返れば幸村さんが「炎丸どこへゆくっ!」とか言いながら追いかけてきたので、団子をとられると思った私は急いで逃げた。 私がくわえている団子まで取り上げて食べようとするんだから、幸村さんって相当食い意地が張ってる。
ここまでくれば大丈夫だろ、というところでようやく口にくわえてあった串団子を頬張った。



そうして今、団子を食べ終わった私は満足しながら顔を上げると見慣れない森の中にいたのだ。

「きゃう...(やべぇ...ここどこだ)」

私の悲痛の滲む声は誰の耳にも届くことがなかった。
辺りを見回してみるも、いつものように困っていると現れるお助けマンも今日は現れない。 木がうっそうと茂っていて、日の光が入ってくるのを遮っているので森の中は少し暗い。 帰ろうにも夢中で逃げてきたのでどの方角からやってきたのかもわからない。
犬には帰巣本能とかいうやつがあるんじゃないのかよ! 当てにならない野性の感だぜ...。自分自身にがっかりしながら私は次の策を考えた。 そうだ! 幸村さんの匂いを辿ればいいんだ! 佐助さんはあまり匂いがしないけど、幸村さんの場合はよく汗を流しているので匂いがするのだ。 それもさっきまで歩いていたので結構な汗をかいていることだろう。と言うことは当然、匂いも強烈になっているはずだ。
早速私は考えを実行するために鼻をすんすん動かしてみた。だが、ただただ団子の匂いがするだけだった。 口の周りに団子のたれがへばりついていて、その匂いが強烈で鼻が利かないようになっているのだ。
これは! ...二度おいしい...!
とか言ってる場合じゃなかった。私は口の周りのたれを舌を動かして舐めた。
ぺろぺろしてみるものの、べったりと口周りについているたれはなかなか取れない。
くそっ! たれめっ!! とたれに悪態をついたところで、そういえば自分が人間に戻ることが出来るのを思い出した。 犬生活が長すぎてちょいちょい自分が人だったことを忘れてしまう。人の姿なら難なく口周りのたれを拭くことが出来ると思い、 早速人の姿に戻ろうとしたところで、突然風が吹いたと思うと、目の前にセクシーな格好をした女の人が立っていた。
どこから現れた?! ということももちろん気になったけど、それよりも気になったのは大きくスリットの入ったきらきらした服だ。 体にぴたっと張り付いているので体のラインが丸わかりなのはもちろん、スリットが前に入っているのでセクシーすぎる。
今からダンスでも踊りだしそうなセクシーなお姉さんの登場に、私は呆気に取られていた。

「さっきから何をしているんだ」

突然話しかけられたことにびくっとするも、その声が存外優しかったので警戒心はなくなった。 どうやら先ほどから見られていたらしい。つまり、私が馬鹿面でひたすら口の周りを舐めているのを見られていたということだ。 さぞ間抜けに見えたことだろう。それか相当頭の悪い馬鹿犬とでも思われたか。

「迷子か...?」

私を警戒させないためにか、距離をとりながらもしゃがんだお姉さんは私と同じくらいの目線になった。
さっきまで格好にばかり目がいっていたが、こうしてみるととても美人だ。金色の髪はこの世界では初めて見た。それも人工的な不自然さが無いので、きっと地毛だろう。

「母親とはぐれたのか?」

そんなに小さい子に見えるだろうか...?
自分でも結構なでかさということは知っているので、そんな疑問が浮かび上がった。何せ佐助さんと幸村さんが抱っこするのを渋る大きさだ。 筋肉がしっかりついてる力持ちな二人が渋るのだから、結構なでかさだ。
それでも首を横に振って見せると、お姉さんは驚いたように目を見開いた。

「お前、...言葉がわかるのか」

どうやら驚いたのは私が自分の質問に答えたからのようだ。まあ、一応人間でもあるので言語くらいはわかる。 そんな私の事情を知らないのだから、セクシーお姉さんが驚くのも無理は無い。
何て頭のいい犬なんだ...! 天才犬か...?! と驚愕しても無理は無い。事実私は天才という言葉では収まらないほど頭がいい。犬にしては。 そう、犬にしては...。人にしてはどうか、というと悪くは無いけど、そこまでいいこともない。自分で言ってて悲しくなるけど...。
私が自分で自分を傷つけて悲しくなっている間にお姉さんはいつの間にか距離を詰めていたらしい。 30センチほど離れたところでまじまじとこちらを見ながら「よく見れば賢そうな顔をしている」と呟いた。 その言葉に私の気分はよくなった。やっぱり、溢れ出る知性を隠すことができないのかな? と考える。 ふふん、と少し得意になると勝手に口角がつりあがるのを感じてしまう。
まあ、お姉さんもそこに気づくということは相当の切れ者ってことですね。っと言葉は通じないので頭の中で言葉を送っておいた。 そんな私の言葉を電波としてキャッチしたのかどうなのか、お姉さんはやたらと興味深そうにこちらを見てくる。 そんなに見つめられると少し照れてしまう。天才犬をじっくり眺めたいとかそういうやつだろうか。

「...」
「...」

な、なんだろう。何でここまで凝視するんだろう。
遠慮の無い視線を真っ直ぐに向けられることになり、何だか居心地の悪さを感じて私は意味も無くお尻をもぞもぞさせて座りなおしたりしてみる。 イケメンに見つめられてもドキドキするけど、美人に見つめられてもドキドキする。
こっ、これが恋っ...?!

「触ってもいいか?」

...え?
一人芝居をしてドキドキを紛らわせようとしていた私の耳に届いた言葉は予想外のものだった。 思わずセクシーお姉さんを見つめれば、期待するようにきらきらした目でこっちを見ていた。

「迷子なんだろう? 触らせてくれたら母親を一緒に探してやるぞ...」

な、なんか「いいものあげるからおじさんと一緒に行こう...」と囁いてくる変質者を相手にしている気分になってしまったが、相手はきれいなお姉さんが。 そんな変質者と一緒にしては失礼だろう。
思わず変質者扱いをしてしまったことに心の中で謝っていると、私が迷っていると思ったのかお姉さんがダメ押しとばかりに言葉を続けた。

「触らせてくれないとなるとお前はここで一人になるな...」

今気づいたとばかりの独り言を呟いたかと思えば、ちらっとこちらの様子を伺ってくるお姉さんに、今の呟きが独り言ではないことに気づいた。 お姉さんにしてみれば軽い脅し的なものだったのだろう。
別に、絶対にやだ!触られたくない! と思っているわけではないので全然触ってもらってもいいのだけど...。 お姉さんがあまりにも触りたそうにしているので、ちょっと意地悪な気持ちにもなってくる。
お姉さんを焦らすつもりで私はその場で考えるように上空に視線をやった。これなら言葉が通じなくても仕草で思案しているのがわかるだろう。 その証拠にお姉さんは固唾を飲んでこちらを見ている。

「す、少しだけだ。少ししか触らない」

お姉さんが譲歩するように提案してきた。
まあ、自分でも毛の手入れは行き届いていると思う。佐助さんが毛を梳いてくれるし、人の姿に戻ってお風呂にもきちんと入っている。 臭い、とかいう人たちがいるので手入れには気をつけているのだ。臭い臭い言うくせに匂いを嗅ぎに来るのだからこっちとしてはたまらない。 その上体を洗ったばかりの時などには「今日は臭くないのだな...」と残念そうに言われるのだ。理不尽!
そんなわけで手入れが行き届いている私の毛は常にふわふわしているのだ。
そんな私のふわふわを目にしてしまったお姉さんは今触りたくて触りたくてたまらないのだろう。カシミヤにだって負けない手触りだしね! ...いや、カシミヤは言い過ぎかもしれないけど。