結局佐助さんが迎えに来てくれるまで私は幸村さんの背中からどかなかった。 (幸村さんの背中には私の足跡がいくつか刻まれたが、それについては反省するつもりは無い。佐助さんだって珍しく「それは旦那が悪いよー」と味方してくれたことだし!)
「もうー何やってんのー。早くしないと日が暮れるよ」呆れた物言いの佐助さんに急かされて、私たちはどうにか日が暮れる前に目的地にたどり着くことが出来た。

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「よく来たな!!」

お館様は大歓迎してくれて、大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられた。
頭がぐらぐらするほど脳みそを揺さぶられ、よろよろしながら歩いていると佐助さんに体を支えられた。

「おやかたさばああああああああ!!」
「ゆきむるぁあああああああああ!!」

突然始まった二人の叫び合いにびくっと体が跳ねた。
二人とも腹から声を出してお互いを呼んだかと思えばそのまま殴り合いを始めた。
え...? と、私が展開についていくことができない間にもお互いを殴り合っている。どこかで見たことがある光景だ。 佐助さんを見てみるとあきれた表情を浮かべて「もうちょっとかかりそうだね」と言うや否や縁側に腰を下ろした。 私も倣って縁側に上がろうと思ったがそういえば足の裏を洗っていないことを思い出した。 佐助さんにそれを言うべく泥に汚れているであろう肉球を見せると「ああ、そういや足洗わないとだね」と察してくれた。こういうときは佐助さんは察しが良くて助かる。 「こっちおいで」という佐助さんは慣れた様子で奥へと進んでいく。その後ろについて歩きながら振り返れば二人はまだ殴り合っているところだった。 バキッと明らかに骨に何かが起きてそうな音が響いているというのに殴り合いをやめる様子は無い。何があって二人はそこまでするのか...呆れを通り越して怖い。

「挨拶みたいなもんだから放っておいたらいいよ」

佐助さんの口調は呆れているものの顔は笑っている。
「おやかたさばぁぁぁぁぁ」「ゆきむるぁぁぁぁぁ」というどう考えても優雅とは言えないBGMを耳にしながら私は佐助さんに前足を預けた。 最初は自分の足を洗ってもらうなんて貴重すぎる体験と思っていたものの、今ではこれが当たり前になってしまった。 こうやって人は贅沢になっていってしまうのかもしれない...。なんてことを考えながら私は先ほど浮かんだ疑問を佐助さんにしてみた。

「わふ(佐助さんはしないの?)」
「えー、俺様はしないのかって? 出来るわけ無いじゃーん! 俺様繊細なんだから」
「わほ(は?)」
「あ、ごめーん。手が滑った」
「きゃうん!!(いて!!)」

手が滑ったなんてあからさまな嘘をついた佐助さんにつままれた鼻の調子がおかしくてくしゃみをすると目の前にいた佐助さんにかかった。 けれどこれは私は悪くない。そもそも私の鼻を摘んだ佐助さんが悪いのだから。
佐助さんが私の鼻を摘まなければ私だってくしゃみがでることもなかったし!
無言で顔にかかった飛沫を袖で拭っている佐助さんに、私は一応謝っておくことにした。

「...」
「わおーん(すいませーん。なんかぁ、鼻の調子がおかしくてぇ)」

私の小憎たらしい言葉が聞こえたのかまではわからないが、佐助さんに預けていた...今まさに洗ってもらっている肉球の中に指がつっこまれた。 そうして絶妙な加減で肉球の中に触れてくるではないか...! ぞぞぞっと背中を何かがかけてくるのを感じた私は佐助さんの手を払おうとしたものの、 佐助さんはしっかりと私の手を握りこんでしつこく肉球の中に触れてくる。

「わふっ!(ひっ、やめっ...!)」
「え? なに? 俺様犬語はわからんないから」

普段誰かに触られることが無いところということもあって、余計にくすぐったい。人のときに足の裏をこしょこしょされるのに似ているけどそれ以上だ。 にやにや笑いながらしつこく触ってくる佐助さんに、私は固く復習することを誓った。
今宵貴様の服を寝床にして、毛だらけにしてやる...!


お館様と幸村さんの狂ってるとしか思えないような殴り合いは、私と佐助さんが戻ってからもしばらく続いたが、幸村さんが あの日のように吹っ飛ばされるという形で終わりを迎えた。
なぎ倒された木や戸などを見て、この人たちどうせ器物破損することがわかっているのならそこらの野原とかでやればいいのに、と思ってしまった。 そうしてあれだけぼこぼこに殴りあったはずなのに、何故か幸村さんもお館様も傷が気にならないという状態でお茶をすることになった。 二人は特に大きな傷がなさそうで平気な顔をしてお茶を啜っている。......この間も思ったけど一体どうなってんだ。
私にもお茶が用意されたので、ありがたくいただくために今は人の姿に戻った。
もう日も沈みかけているので部屋の中は薄暗く、夕陽が差し込み始めていた。
もうすぐ夕食の時間だろうか。途中でおやつを食べたけれどよく歩いたこともあってすでにお腹がすいているので、ほどなく並べられたご飯に私は喜びを隠しきれずに がっついてしまったのだけれど、お館様は嬉しそうだったのでよかったことにしておく。


「近いうち戦が始まる」
「...上杉殿とですか」

夕飯も食べ終えて満たされた気分で横になってうつらうつらしているとそんな会話が聞こえた。
戦。聞きなれない言葉だけど全くわからない言葉というわけでもない。それが戦争と同じ意味を持っていることくらい私だって知っている。 ぼそぼそと囁くように話す三人の言葉に耳を傾けながら、私は満腹になって満たされた後のあの眠気に抗うことが出来ずにそのまま目を瞑った。