「昨夜はあまり話が出来なんだが、最近はどうじゃ」

そう言ったお館様の視線が自分に向けられているのを感じて、私は口に運ぼうとしていた芋を空中でとめた。
最近はどうだ。と言われて咄嗟に頭に浮かんだのは昨日のことだった。幸村さんから団子を死守せんとして迷った話しだ。 ちらっと幸村さんを見れば、同じようにこちらを見ていたらしく思いがけず視線が交わった。そうして何やらサッと視線を反らされた。 背けられている所為で見えないものの、耳朶が赤くなっていることを見るに昨日のことを言われるとまずいと思っているようだ。 フフフ...弱みを一つ握ったぜ。
この弱みをそう簡単に使うわけにはいかないので、私は当たり障りの無い話題を選んだ。

「人の姿に戻れることがわかったのでただお世話になるも申し訳ないなーと思って何か仕事したいと思ってるんです」

「ほう」と言ったお館様は関心した様子でうんうんと頷いている。その反応に気を良くして私は背筋を伸ばした。

「だけど佐助さん思いつかないみたいで」
「別に思いつかないわけじゃないけどさ...」
「佐助、考えがあるならば申せ」

こちらがいろいろと出来ないことを先に言ってしまったからもあるだろうけど、私が働きたいという申し出をしてからもう結構時間が経つけど 未だに仕事をもらってはいない。ときどき佐助さんがご飯を作るっていうときにお手伝いをするくらいだ。
このまま働かなくてもいいっていうのなら願ったり叶ったりなんだけど、人にも戻れるということがわかってしまってからはやっぱりごろごろずっとしているのは心苦しい。 なので、佐助さんの言葉にお館様と一緒になって食いついて頷いた。
もしもここで難しい仕事を割り振られて全力で拒否しよう...! そう心に誓って。
私たちの食いつきに佐助さんは何故か少し困ったような顔をしながら頬を掻いて呟いた。

「...おやつ係とかどうかな、って思ってるんだけど」
「おやふぅ?」
「あーもう、旦那口に食べ物入れたまま喋らないで!」

少しばかり口の中に入っていたものを出した幸村さんに、お母さんのように佐助さんが注意する。 甲斐甲斐しく畳を拭いている。

「旦那のおやつ毎日買いに行ってもらってるでしょ。あれを頼むってわけ」
「なかなか良いではないか」
「そうですな!」
「はい! それなら私足速いからぴゃって行ってぴゅって帰って来れます!」
「それは炎丸(仮)のときの話でしょ」
「あ、そっか」

自分では炎丸のときとのときとで姿が違うという意識があまりないので、指摘されて初めて気づいた。
今の人の姿のときなら佐助さんと幸村さんよりも歩くのも走るのも遅い。だけど、これが炎丸(仮)になると話は違ってくる。 時々自分でも制御できないくらいスピードが出てしまうことがあるのだ。 だけどあのスピードを出すことが出来るのなら、その仕事は簡単に終わらせることが出来る。

「まぁ、けど炎丸(仮)で行って、お団子買うときだけこっちに戻ればいいか」

解決策を呟いてから芋を口の中に放り込んだ。これならすぐに行って帰ってくることができる。
だけどそこでお館様が口火を切った。

、お主には話しておかねばならんことがある」
「え、何ですか?」

突然重々しい雰囲気で声を上げたお館様に気圧されて芋の咀嚼を一瞬忘れてしまった。
ごくん、と飲み込んでからお館様に倣って端を膳の上に置いた。
それらの私の動きを見届けてからお館様が難しい顔をしながら口を開く。

「...、お主は人の身でありながら狼へと姿を変えることが出来る。それはまこと珍しきことといえる。わしとてお主のような者を見たことはない。 だが、だからこそその能力は他言してはならぬ」

物珍しいから人には知られちゃいけないということだろう。自分でも薄々わかっていたが、私のこの姿を受け入れてくれる人って言うのはきっと限られている。
ちらっと幸村さんと佐助さんに視線を向ければ、見返されながら頷かれた。

「このように幸村も佐助もお主がかわいくて仕方がないようじゃが、皆がこうというわけではない」

「かわッ?!」とでかい声を上げた幸村さんを見れば顔がこれ以上ないってほど真っ赤になっていた。何に反応してこうなっているのかわからないが大丈夫か。
「わかるな?」そんな幸村さんをスルーして続けたお館様に頷いて返した。私だって考えなかったわけではない。 もし拾ってくれたのが幸村さんと佐助さんじゃなかったら、と。きっとこんなに好きなように暮らせては居なかった。
下手をすればあのまま雨に打たれて命を落としていたかもしれない。もし生き延びていたとしても人から狼へと姿を変えることが出来ると知られれば、今のようにのほほんと暮らせずに身を隠して飲み食いままならずにいたかもしれない。

「珍しいことに価値を見出す輩もいるからね」

つまり檻の中で見世物として生きることになったのかもしれないってことだ。
もう一つのあったかもしれない未来を想像して、心の底から二人に拾ってもらって良かったと思った。

「わかるな、よ。その能力は出来るだけ人に知られるべきではない」

お館様の言葉は重々しくて、いつものような親しみやすさがまるでなかった。迫力に負けるような形で、私は気づけば頷いていた。
そうするとフッと空気が軽くなって、いつものような雰囲気に戻った。「うむ、賢しい子じゃ」と褒められたので頷いて返した。そうなんです。私賢いんです。

「幸村さんと佐助さん拾ってくれてありがとうございます!」

死ぬことにならなかったのも、見世物になることもなく生きることが出来ている今に改めて感謝して二人を見つめながらお礼を言った。
「い、いや...」と答えながら幸村さんは明らかに挙動不審に目玉をきょろきょろさせている。ついでに言えば顔色も徐々に赤くなっていくので照れているらしい。多分。
それに比べて佐助さんは何だか微妙な表情だ。

「...う、うん。何か素直だと調子狂う」
「失礼な! 私はいつだって素直ですよ!!」