「寒いの?」

ぶるぶる震える私は毛皮を着ている上に布団を被っているというのに震えが止まらない。その上になんだか熱っぽい 気がするのだ。静かに問いかけてくる佐助さんの言葉に返事を返す余裕もなく震えるだけの私に佐助さんが頭を 撫でてくれる。自分でも無意識のうちに安堵の息のようなものを吐き出した。

「傷からの熱かな」

私の頭を撫でながら独り言を呟く佐助さんの言葉は、私の未だに直りきっていない傷を指してのことだろう。 傷からの熱なんて、今まで大きな怪我もなく育った私からすれば初めての経験だ。
ぐっ、と目を瞑り眠ろうとする。すると、ふわりと自分の体が浮いているような浮遊感を感じた。熱に浮かされた 頭が馬鹿になっているのかと思ったが、うっすらと目を開けると自分が抱き上げられているのが分かった。

「特別だからな」

上から降ってきた声に僅かに首を上げれば暗い中で小さく笑っている佐助さんが居た。佐助さんはいつもの格好じゃ なくて迷彩柄を一枚脱いだ感じのラフな格好だ。顔に着けてる鉄っぽいやつも外してある。
何が特別なの? と思ったが、喋る事の出来ない私にはそれを伝える術がない。
やがて「よいしょ」という声と共にゆっくりと下に降ろされた。なおも震えの収まらない私は小さく丸まった。 すると、お腹を撫でられた。それから背中になにかあったかいものが当たる。
目を開けてみると佐助さんが私の背中にぴったりくっついて寝転んでいた。

「ん? 早く寝な」

頬づえをついてこちらを見下ろす佐助さんの低い声がくっついた背中から直接響いてくる。
ぽんぽん、と一定のリズムでお腹を叩いてくる感覚に、佐助さんの鼓動もプラスされて私はゆっくり意識を手放して いった。





「すっかり癖になっちゃったなぁ...」

困った様子で橙色した髪をぐちゃぐちゃに掻き混ぜて佐助さんは私を見下ろした。
何が癖になっちゃったのか、私はしっかりとわかっているくせに知らん顔をしてそのまま目を瞑った。

「分かってるくせに知らんぷりするわけ?」

瞼に影が掛かっているのを感じて薄く目を開けば佐助さんが屈みこんで私をジッと見つめていた。ばっちり目があって しまったが、眠い。と伝えるために体を丸めて小さく甘えた声で鳴いた。じっと黙り込んだ佐助さんから視線を感じて 私はお腹を見せて裏返った。こうすれば佐助さんも幸村さんも撫でずにいられないのを知っている。
眉を寄せてこちらを見下ろす佐助さんに、ほらほらとくねくねして見せれば大きなため息が返ってきた。

「あぁー、もぉ!」

これは降参の声だ。私がにんまりと笑っているのを知らないだろう佐助さんは私のほっぺをもみもみし始めた。
それからお腹を撫でながら「なんでこんなふわふわなわけ?」とか呟いていたが私はそれの返答としては当てはまらない 「なんでこんなに気持ちいの?」と返した。お腹を撫でられるといつも気持ちよくて気付けば眠ってしまうのだ。
昔、テレビで動物のお腹を撫でると眠ってしまう。というのをやっていたけれど、私はそれを今、身を持って体験して いる。こういう時、都合よく私は犬でよかったかも。などと思うのだ。
こうやって今日も私は佐助さんと一緒に眠りにつくのだ。


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「あ〜、ちょっと炎丸(仮)どいて...」
「わふ...(後5分...)」
「もぉー、犬のくせに寝起き悪いなぁ...」

すぱんっ!

「佐助ぇぇぇ!!」

「げ、来ちゃったじゃん...」

突然の眩しい光が瞼に当てられて私は渋々目を開けた。すると寝起きには目にうるさい真っ赤な服を着てる幸村さん が戸を開けて立っていた。朝陽と幸村さんのダブルパンチが目に痛くてもう一度目を瞑る。その際に上から「ちょっと!」 という批難らしき声も聞こえたが私は無視して、まどろみに片足を突っ込んだ。

「佐助っ! ずるいぞっ!!」

...が、すぐに幸村さんの叫び声に意識は戻ってきた。幸村さんはいつだって無駄に声がでかい。それは朝でも変わらない ようだ。

「...なにが?」

対して佐助さんの声はダルそうで、明らかに幸村さんに返事をするのがめんどうそうだった。
佐助さんにとって幸村さんって上司みたいなのにそれってどうだ。

「某も.....炎丸(仮)と一緒に寝たいぞ!!」
「えぇー、知らないよ...」
「炎丸(仮)を枕にしたい!!」

幸村さんの発言に、それには黙ってられないと「うぅー(ブーブー)」ブーイングする。自分が佐助さんの膝の上に乗っかって寝たり、 寝転んだ佐助さんを枕にして寝るのはいいけど、自分がされるのは嫌だ。怪我が治ったときに佐助さんが「このふわふわ 枕にしたかったんだよねー」とか言って私のお腹を枕にして寝ようとしたが、重くて私は抵抗した。
「いつも俺様を枕にして寝てるくせに一回くらいいいじゃん!」
なんて言ってたが、重いもんは重い。佐助さんの頭を肉球で押しのけようとするも諦めきれないようでお腹からどか ないものだから前足で叩くと漸く渋々と諦めてくれた。その後、なにか文句を言っている佐助さんを無視して私は いつものように佐助さんを枕にして寝た。


昨日も佐助さんの固い太ももを内心「ちっ! 寝心地悪いな!」と思いつつ、枕にして寝たのだ。ため息をついた ものだからそれは佐助さんにも伝わったらしい「文句あるなら向こう行ってよ!」と言われたがカイロがわりに 佐助さんは暖かいのだ。それにすごく落ち着いて眠れる。人だったときには気付かなかったが心臓の音とか、人肌に 寄り添って眠るのはすごくいいものだ。
なので私はしょうがなく昨日も固い太ももを枕にして眠った。だが、佐助さんも私と同意権のようで「犬臭いなぁ」 とか「ちょっと、泥ついてるんだけど!」言いつつあったかくてふわふわもこもこの私と寝るのはいいもののようだ。


「ふわふわに囲まれて寝たい!」
「言っとくけど泥とかついてるよ? それに臭いよ」
「ぅわんわん!!(臭いって言うな! 乙女に向かって臭いとか泣くぞ!)」

聞き捨てならない言葉に反応すると佐助さんがきょとんと瞬いた。

「だってほんとに臭いし」
「わほん!(ひどい! 自分でも気にしてるのに!)」

自分で自分の匂いはいくら犬になって鼻が利くからといってもわからない。だが、事あるごとに佐助さんが、犬臭い。 と言うものだから内心ちょっぴり傷付いていた。それに心当たりはある。...家で飼っていた愛犬も臭かったのだ。

「それにねぇー旦那。こいつ枕にはなってくれないと思うよ」
「む? どういうことだ?」
「こいつ枕にしようとしたら嫌がって抵抗するから」
「誠か? 炎丸(仮)」
「わほっ!(そうです!)」

意見を求めてきた幸村さんに枕にされては敵わないと大きく頷けば、途端がっかり顔になったのだが、それは一瞬 のことですぐにきらきらと目を輝かせた。

「枕でなくともいい! 臭くても我慢する。ふわふわな炎丸(仮)と共に眠りたい!」
「ぅわん!(臭いは余計じゃ!)」

「まぁ、旦那がそういうなら止めないけどさ..」

その日から私は幸村さんの寝所と佐助さんの部屋を毎夜一日交代で行ったり来たりすることになった。