元の姿に戻りたくないわけじゃ決して無い。けど、なんだか犬の姿でも私は日々楽しく過ごしていた。
それというのも幸村さんと佐助さんに拾われたからだろう。二人はとても私をかわいがってくれている。 二人だけじゃなく、この屋敷にいる人はみんなと言ってもいいくらいだ。炊事場に行くと何かおこぼれをくれたり するし、屋根裏とか木の中に隠れてる人たちは時々遊んでくれる。
他の人に拾われていたんじゃこうはならなかっただろうし、犬でもいいかもなんて思わなかったかもしれない。その 前に拾われず、あのまま死んでいたかもしれない。だから二人には感謝しているのだ。

「ほら、炎丸(仮)これが欲しいか?」
「ぅわん(いらんわ!そんな棒っきれ!)」
「ふっふっふ...そう強気でいられるのも今のうちだぞ! ...そらっ!」

そう言って幸村さんが腕を大きく振りかぶった。すると空中を木の棒がくるくる回りながら飛んでいく。ついつい それを目で追うと、我慢しきれず地面を蹴った。
あと少し...あと少しで追いつく!
大きくジャンプして棒が落ちる前にキャッチすると、体中に気持ちのいい達成感が湧いてきた。やったぞ! と思い、 振り返ると幸村さんが楽しそうに笑っていた。そこで私は、ハッとした。追いかけないつもりだったのに、幸村さんの 思うとおりになってしまった...。くそぅ、けど本能には抗えないのだ。
とぼとぼと棒を持って幸村さんの元に帰ると頭を撫でられる。

「よしよし、偉いぞ!」

...まぁ、あれだ褒められるのは嬉しいよね。
自分でもしっぽを振ってしまってるのが分かった。
満足そうに幸村さんがわしゃわしゃっと頭を撫でて、私の口にくわえた棒を取り上げた。また構えたのを見て自然と 自分も走る構えになった。

「今度は先ほどのように簡単にいかぬぞ」

挑発的な幸村さんの言葉に目玉だけを動かして一瞥すれば、楽しそうな笑みを口に乗せている。 十分幸村さんも私と遊ぶのを楽しんでいる。
「お前と遊ぶと良い気分転換になる」そう言って耳を掻いてくれたのを思い出す。こんなことで幸村さんの気分転換 を手伝えるなら安いもんだ。

「わん!(ばっちこい!)」
「お、炎丸(仮)気合十分だな!」

幸村さんは気合十分な私にうれしそうだ。顔だけでなく声も楽しげに弾んでいた。
構えの姿勢の幸村さんが動いた。腕を大きく振りかぶった! ...と同時に手から棒っきれが凄まじい勢いで飛んでいった。 さっきの速さの比じゃない。ビュン! と空気を切り裂いて棒っきれは飛んでいく。それを見失わないように見上げながら 走る。だが、その尋常じゃない速さに少しづつ距離があいてきた。
まずい、このままじゃ追いつけない...!
地面を蹴る足に力を入れる。絶対キャッチしてやる! と負けず嫌いというわけでもないけれど、犬の本能の部分が 反応してしまう。
障害物を避けてジャンプしながらひたすらに足を動かしていると急にぐんと距離が縮まった。そのチャンスを 見逃さずにすかさずジャンプする。

取れた!!

喜んだのも束の間、着地のことなんて考えていなかった私は下を見て驚いた。思った以上...どころではないほど 上空にいた。すぐそこにあると思っていた地面は随分と遠くにある。そんな馬鹿な! とすぐさま思ったが、実際 こうやって飛び上がっているのだからそれが事実なのだ。
今更に慌て、血の気が引いた。犬でも血の気が引くんだ、と変に冷静な部分で考える。
ジャンプしたのだ、次にもちろん私は重力に引き寄せられて落下し始める。一瞬、内臓だけをそこに残して 落ちていくような気持ちの悪い感覚がした。
風を切る音が耳元で聞こえ身を縮こませた。反射的にぎゅっと目を瞑る。
...と、お腹周りに違和感がある。そして耳元で聞こえていたはずの風の音が止んでいる事に気付いた。自分の状況が どういう風になっているのか確認するためにそろり、と目を開く。すると先ほどと同じように遥か下に地面があるのが 見えた。また慌てて目を瞑る。

「目開けて大丈夫だよ」

耳を打った声は聞き覚えのあるものだ。その言葉どおりに目を開け、冷静に状況を確認すると佐助さんが私のお腹を 抱えて飛んでいる事に気付いた。あの大きな烏の足に掴まっているようだ。いつか私もやってみたいと思っていたが、 こんな形で願いが叶ってしまうとは...。
とりあえず佐助さんが助けてくれたのだと思い、私は知らず体に入っていた力を抜いた。

「ちょっと。体の力抜かれたら重いんだけど」
「...」

女の子に向かって重いは禁句だ! と吠えてやりたい所だったがそんな元気は出なかった。




やがて、ふわりと佐助さんは着地した。その一瞬の浮遊感に内臓がひんやりする。
それでもやっと地面に帰ってこれたのだと思うと安堵した。だが、安堵したのも束の間、どこからか地響きのような音が 聞こえたと思うと幸村さんがやってきた。それから暑苦しくぎゅーっと抱きしめられる。
骨が...! 骨が軋む音がする...! 殺される...!!
危機的状況にこの腕から逃げなくては、と心は焦るのだが体はきつく抱きしめられ動けない。流石にこのままじゃ危ない と思ったのかそれまで黙ってた佐助さんが私を絞め殺そうとしてる幸村さんに声をかけた。

「...旦那。炎丸(仮)死んじゃうから」
「!! ...す、すまん炎丸(仮)!!」

ぜいぜい呼吸してる私の様子に佐助さんに指摘されてようやっと幸村さんは後一歩で私を絞め殺す所だった事に気付いたらしい。 半目で睨むと眉が下がった。

「炎丸(仮)が無事で安心したのだ...それで...」
「絞め殺そうとした?」
「わん!(やっぱり!)」
「違う! うれしくてだな...」
「絞め殺そうとした?」
「わん!(ひどい!)」
「違う!!」

顔を真っ赤にしてそんなわけがないだろう! と力説してる幸村さんは私たちにからかわれている事に気付いていない らしい。おもしろー。表情には出てなかったかもしれないが、にんまり笑うと佐助さんも薄っすらと唇を吊り上げているの が見えた。すると、私が見ているのに気付いたらしい佐助さんがウインクを飛ばしてきた。
ぶるっと体を震わせると威圧的な笑顔に変わった。