「それにしても異常なほど高く飛んだよね」

縁側に腰掛けた佐助さんが言ったのは、さっきの私のジャンプについてだろう。いくら犬になったからってあそこまで ジャンプ出来る訳が無いと私自身考えていた。それとも、現代に生きてる犬たちはその力を使う場所が無いだけで本当は あれだけ高く飛べるのだろうか。
秘めたる力!ってな感じで......いや、ないな。
自分で自分の考えを否定していると、幸村さんが私の前足を洗っていた手の動きを止めたことに気付いた。走り回った 私の足は泥だらになってしまったので、そのままでは屋敷の中に入れられないというわけで私と遊んでいた幸村さんが 責任持って私の足を洗う事になったらしい。
最初の頃は全身を洗うのは無理にしても足くらいどうにか自分で出来ると考えていたのだが、考えが甘かった。肉球の間や 爪にこびり付いた泥は中々洗い落とせない。なので、今はこうやって足を大人しく差し出して桶の中にはられた水に 足をつっこんで洗ってもらうことにしている。
それに最近気付いたのだがなんだか偉い人の気分が味わえて結構楽しいかもしれない。人のままだったらこうやって 誰かに足を洗ってもらうなんて体験は出来なかっただろう。人をかしづかせて靴を履かせてもらうというシチュエーション は映画の中でしか見たことがない。他にもお姫様だとか。そう考えると私って今すごく貴重な体験をしてる。
けど、正直体を洗われるのは勘弁して欲しい...。

「ねー、旦那?」

佐助さんの問いかけにも気づかないくらい何かを真剣に考えているらしい幸村さんはじっと私の前足を見て固まった ままだ。気になって、しゃがんでいる目の前にある幸村さんの頭に鼻をくっつけてみる。髪の中に鼻をつっこむと鼻 の中に髪が入った。

「ぷしゅんっ!」

あ、くしゃみでた。
流石にくしゃみをかけられて幸村さんも気付いたらしい。

「な...!!」

とか言いながら髪を手で掻き混ぜている。けど、多分手が濡れていたから私の鼻水が飛んでてても気付かないだろう。しめしめ。 まだむずむずする鼻を前足で擦る。向こうで佐助さんが爆笑してるのが見えたが無視して。一応謝った方がいいだろうなと思い、 立ち上がった幸村さんを見つめる。

「きゅーきゅー(ごめん、幸村さん悪気はないんだよ)」
「...」

甘えた声を出して耳を下げて見つめる。精一杯の反省してますというのをアピールする。多分目はきらきらしていると思う。
そんな私を幸村さんは黙ったまま身じろぎせずに見下ろしている。なんのリアクションも起こさない幸村さんに、 流石の幸村さんも鼻水をかけられては怒ってしまったのだろうかと、少し不安になりながら見つめていると、 急にすばやくしゃがみ込み私の首に抱きついてきた。

「くっ...、許す...!」

...良かった。怒っていたわけじゃないらしい。
思わずホッと息を吐いて安堵する。首に巻かれてる腕の力が徐々に強くなっていくのを感じて身の危険を感じたが、 くしゃみ(多分鼻水も)をかけた身としては抵抗してはいけない気がして大人しく抱きつかれることにした。
危なくなったらまた佐助さんが助けてくれるだろうし。


.
.
.


足を綺麗にしてもらってから縁側に上って、佐助さんが用意していたおやつである三色団子を食べた。食べたと言っても 佐助さんはお茶を啜るばかりで団子には手を付けていなかった。私はというとこの世界?時代?ではあまり口にする ことが出来ない甘いものにもちろん涎が垂れるほどに喜んだ。だが、大量に皿に盛られた団子は幸村さんのおやつ だったらしくて、当初それ全てを一人で平らげるつもりだった(...ほんとはそれ以上を食べようとしていたらしいけど 佐助さんにダメだと言われたらしい)幸村さんは、犬に団子は体に悪いんじゃないだろうか? という今思いついたという ようなことを言いだしてケチなことに少ししかくれなかった。喋ることが出来たなら「大丈夫! 元人間だから!」と 言い返すことが出来たのに...と思わずにいられない...。それも幸村さんがくれる団子は三色のうちの白ばかりで... 私だって緑のとことピンクの所が食べたいというのに結局私の口に入った団子は全部白だった。...ひどい...!
ありがたく頂いたけれど私だって緑とピンクの団子を食べたかった。抗議するために幸村さんの目を見つめたが、 わざとらしく目を逸らされて気持ちは伝わらなかった...。
自分はいっぱい食べたくせに、と思って半ば拗ねるようにして幸村さんから距離を取って床に寝転んだ。

「旦那〜炎丸(仮)拗ねちゃったんじゃない?」
「だが、炎丸(仮)に団子は体に悪いと思うだろうっ?! 食べた事を無いものを急にたくさん食べると毒になると佐助は思わぬのかっ?!」
「...あぁ、うん。分かったから全部飲み込んでから喋ってね。俺様に団子のかけらが飛んでくるから」
「すまんっ!!」
「...だから喋らないで...」

説得を試みてくれた佐助さんがあっさりと諦めたことに、もっと頑張れよ! と心の中で突っ込む。
...ちくしょぉ...私も緑とピンクの団子食べたかったのに...!!
不貞寝するように二人に背を向けて寝転ぶ。すると、ちょうど日があたるところだったらしく。午後の日差しが私の上に降り注いでくる。
こんな気持ちのいい陽を浴びて寝転んでいるというのに寝ないでいることなんて不可能に近い。襲ってくる睡魔に抗えず うとうとしながら背後の二人の会話を盗み聞く。

「佐助は見ておらぬから分からんと思うが炎丸(仮)の走る速さは異常なほどに早かった」
「ふぅん」
「飛び上がる高さも異常なほどだ。これについてはお前も見ただろう」
「まぁね。俺様が助けたわけだし」
「最初...走り出しは普段通りだったのだ。だが...」
「なに?」
「...いや、某の勘違いやもしれぬ」
「ここまで延ばしといてそれはないでしょ。旦那、本当は検討ついてるんでしょ?」

二人は一体なんの話をしているんだ? うとうとして半分働いていない頭で考えようとするも、ぽかぽかした日差し と眠りを誘うように佐助さんが頭を撫で始めたのでそこで思考はぷつりと途絶えた。