今日は佐助さんは"ちょっと野暮用≠ェあるらしく朝早くから出かけていった。

「ホント、旦那も大将も忍び使いが荒いこって...」

ぶつぶつと呟く言葉から察するに意外なことに忍者の仕事らしい。...ちゃんと仕事してたのか。思わず口をついて出てきそう になった言葉は別に口をついて出ても問題なかった。だって私犬だし。
そういえば佐助さんは忍者らしい。すでに幸村さんが鍛錬とか言いながら庭で炎を出している姿を見ていたし、佐助さんが 大きな鳥に掴まって飛んでるとこも見ていたどころかこの間体験もしたのであまり衝撃は受けなかった。それとは違う 衝撃は受けたけれど。佐助さんって幸村さんの身の回りのお世話をしている人だと思っていた。だって、なんかよく 世話してるし、団子買いにいってるし、幸村さんの服が破れたら繕ってるし、時にはご飯作ってるし...まさか忍者だとは。 そっちの驚きを置いとくと、本物の忍者に会っちゃった! ラッキー! ってな感じだ。喋れたら忍術見せて!  とねだっただろうけど、犬の言葉ではそれも伝えれない。というか伝わらなかった。

「わふわん!(佐助さん!なんかすごい忍術見せて!)」
「ん、何? もうー炎丸(仮)って俺様のこと大好きだよねー」
「わんわん!(あほか!言ってないし!)」
「んん? なになに? またこれの匂いが嗅ぎたいって?」

本当に不思議なのだけれど悪口は分かるらしい佐助さんは私の言葉を聞くや否や恐ろしいことを言いながら懐を探り始めた。 すぐにあの黒い薬のことを言っているのだと分かった私は素早くその場から退散して、幸村さんの部屋に飛び込んだ。 ここが一番の逃げ場所である事は実証済みだ。佐助さんは幸村さんが机に向かっている時には邪魔をしないようにして いる。だから私がこの部屋に駆け込んだらうるさく出来ないので黙って(けど怖い笑顔を浮かべて)去っていく。 多分、幸村さんがこっちで騒ぎ出したら参加せずにはいられない性格だから結果的に仕事の邪魔をすることになって しまうので私に手が出せないのだろう。こうやって私は何度か難を逃れている。
幸村さんは私が部屋に飛び込むと遊びたくてしょうがないようにちらちらこちらを見ていたけれど、仕事の邪魔をする気はさらさら ない私は幸村さんから距離を置いて座るった。

今日の朝出かけていく佐助さんを見送りに行くと、頭をよしよし撫でられて抱きつかれた。顔を私の毛に埋めてもふもふを楽しんでいるらしいのを 抵抗せずに大人しくしながら「わふん!(行ってらっしゃい)」を言うと何を勘違いしたのか「俺様が居なくて寂しいのか〜」と言われた。いや、言ってない。 否定してやろうかとも思ったが今から仕事をがんばる佐助さんのモチベーションが下がるのも良くないかと思い、黙っておいた。 なんて主人思いでいじらしいわんこだろうか。私って!
それに気を良くしたのかどうなのか知らないけれど佐助さんはご機嫌な感じで
「旦那がおやつ食べ過ぎないように見張っててね〜」
そう言った佐助さんに張り切って吠えて返事をすると、あの大きな鳥に掴まって佐助さんは出かけていった。
えぇー? あの格好で行くの? あの人忍者の癖に全然忍んでないし!
いつもの迷彩のポンチョみたいなのと橙色の頭は目立ちすぎだと思うのだが...それともこの世界では忍者でもあんなに ハデハデなのが普通なのだろうか...? 私のツッコミはいつもどおり誰の耳にも入ることは無かった。

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「佐助は行ったか?」

朝から一汗かいていた幸村さんに佐助さんを見送って帰ってきたところで声を掛けられた。すでにだいぶ運動していたらしく 爽やかに流れる汗を腕で拭っている。割れたお腹を惜しげもなくさらしている。どおりで幸村さんも枕にするには固いわけだ。 もうちょっと柔らかくてもいいと思うんだけど...と幸村さんを枕にしてる身としては思う。

「わふわほ!(うん。いつもの格好で)」
「そうかそうか」
「わんわふ(あの格好で大丈夫なのかな?)」
「うむ」

ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる幸村さんは当然と言えば当然だけれど私の言っている事が分かっていない。適当に相槌を 打っている幸村さんは見ながらこういう時不便だなぁ、と思う。この間の団子事件の時だって喋れないのがもどかしかった けど...。だけど幸村さんは私が話しかけると一々楽しそうに返事をしてくれる。例え私が何を言っているかは分からなくても おしゃべりには付き合ってくれるらしい。なんだかんでこの屋敷の人たちみんな私に甘い気がする。

「悪いが今から仕事があるのだ」

だから遊んでやれぬ...。という幸村さんは本当に申し訳なさそうな顔をしている。犬の私が言うのもなんだけども 幸村さんって犬っぽい。今の姿だって目を凝らせば垂れ下がった耳としっぽが見えてきそうだ。
遊ぶ=棒投げ、だと思うので正直幸村さんが仕事でよかったと思った。自分でも驚くべきジャンプ力があると判明した のであの時みたいに助けてくれる佐助さんが居ない中で遊ぶのは少し怖い。自分でコントロールすればいいだけの話 だろって感じなんだけども、犬になってからは棒を追いかけずにはいられない体になってしまったらしく、理性とかが 吹っ飛んでしまうのだ。本能で棒を追いかけずにはいられないなんて、悲しき運命...!

「炎丸(仮)も一緒に行くか?」
「...わふ(行こうかな〜)」

別に用事があるわけではないので幸村さんが仕事してる後ろで寝てようかな、と考える。幸村さんが机の前に座って 何か書き物をしていたりする時はいつもはやかましい屋敷の中がしんと静まり返って別の空間になる。そして、その空間が 結構居心地よかったりする。筆が紙の上を滑ってる音とか、硯を擦っている音とか色んな音が重なって私の眠りを 誘うのだ。あの部屋に行くといつのまにか眠ってしまう。
汗を流すために井戸から汲み上げた水を豪快に浴びた幸村さんが気合をいれるように握りこぶしを作った。

「よしっ! では行くか」
「わん!(待って!)」
「む? 何をする炎丸(仮)」

不思議そうにこちらを見ている幸村さんの袴の裾をくわえて屋敷に入ろうとするのを阻止する。
いつもであったらここで佐助さんが止めるのだろうけれど(そしていつもは私も止められる立場なんだけど)今日は その佐助さんが居ないのだ。

「旦那の面倒頼んだよ」

とおぼろげだけど確か佐助さんは私にお願いしてた気がする!
これは私を見込んでの抜擢だろう。つまり日頃からの品行方正な態度を見ての! 元人間だけあって私ほどに頭のいい 動物にはあったことがないはずだ。そしてその期待に私は答えないといけないのだ! 
ここに来て始めての使命に私は燃えていた。水を浴びてびしょ濡れのまま屋敷に入ろうとする幸村さんに 「わん!(ここで待ってて!)」と声を掛けて私は水を拭うための手ぬぐいを探しに行った。が、後一歩部屋の中に 足を踏み入れようとした所で首根っこを捕まえられた。振り返るといつも屋根裏とか木の上とかに隠れている人だった。 一体なんなんだ! 私は今大事な使命を遂行中だから遊べないよ! と抵抗しようとした所でその人が黙ってさっきまで 走ってきた廊下の方を指差した。それに疑問符を浮かべながら振り返ると廊下に点々と黒い足跡が続いていた。

「...わふ(まさかこれは...)」

私が? と口にする前にその人が大きく頷いて言った。

「そうだ。お前の足跡だ」