薄く目を開けて今がどれくらいの時間か確認する。
障子越しに部屋の中に差し込む陽から、すでに太陽が昇った事を知った。 佐助さんにしても幸村さんにしてもこの世界の人は皆早起きすぎるほど早起きなのでまだ太陽が昇りきっていない 薄暗いうちから起き出すのが普通だったりする。
現代であれば考えられないことだけど、皆が起きてるのに一人だけ眠り続けるのもどうかと思い、私も一緒に起きだす ように心がけている。...まぁ、時々は起きれない事もあるけども。それでも人だった頃の私から考えれば、考えられない ほどの早起きだ。いつもぎりぎりまで眠っていた私は学校の始業のチャイムが鳴る少し前に教室に滑り込んでいた。それが 今では太陽が昇るのと同じような時間に起きだしているのだ。夜もあまり夜更かしする事無く...と、ここに来てからの 私は前では考えられないほどに規則正しい生活をしている。
と、まぁそんな感じなのでこうやって眩しいほどの光が障子を飛び越して部屋の中まで照らしている時間に起きると いうことは無かった。なんせ一緒に寝てるのは早寝早起きスペシャリストと言っても過言ではない幸村さんと、一体 いつ寝てるのか分からない(私が寝るよりも遅くに寝て、私が起きるよりも早く起きてる)佐助さんだ。
だから不思議に思った。ぼんやりした頭で部屋の中を見て、昨日一緒に寝たのは幸村さんだったと考え、ぬくぬくの布団 の中から出ないようにしながら体を反転させた。

「...っ!」

驚きのあまり喉の奥で声にならない声が出た。声も出ないほどに驚いた。幸村さんが目をかっぴらいてこちらを見ていた。 一体何をしているんだと思い、ジッと見ているとその顔は徐々に真っ赤になっていく。
熱? 風邪をひいたのだろうか。すごく丈夫そうなのに。もしかして、だからいつもみたいに早起きできなかったのかも しれない。そう無理やり結論付けてから私は佐助さんを呼びに行った方がいいだろうと判断して布団の中から出ようと した。が、それより先に戸が開けられた。眩しさに顔を顰める

「旦那も炎丸(仮)も一体いつまで......」

向こうから来てくれたようだと戸を開けた佐助さんを見ながら布団から這い出て、いつものように前足に力を入れ 全身を前に押し出すようにして伸びをした。と、そこで部屋の空気がおかしなことに気付いて目の前の佐助さんを見上げて から後ろに居る幸村さんを見る。幸村さんはさっき以上に顔が真っ赤になっていた。

「...はっ、はれんち...!」

無理やり喉から声を捻り出すように幸村さんが唸ったかと思うと顔を隠すように両手で真っ赤になった顔を覆った。
一体なんだ。熱が上がりすぎて頭がおかしくなったのかもしれない。なんか薬とかそういうのあげた方がいいんじゃない かな? と思って佐助さんを見上げると、何故かこちらを凝視していた。

「...」
「...(なんなんだ...)」

いつもの要領で耳を垂らしてきらきらに(なってると思う)瞳をさせ、しっぽを振ろうとしてそこで異変に気付いた。
...振ろうとしたしっぽが......無い!
ばっ、と急いで振り返ってお尻の辺りを見るも、そこにはあるはずのものがなかった。いや、正確には最初は無かったの だからこの言い方はおかしいかもしれない。無いということは本来の姿に戻ったと言うことだから。今まであったのがおかしいのだ。 しっぽがあった場所に見えたのは高校の制服のスカートだった。試しに四つん這いの格好のまま後ろ足を上げて見た。 スカートの影からちゃんと人間の足が出てきた。

「...ぶっ!」

何か変な声が聞こえたと思い声の聞こえた方を見ると、足の先の方に布団に横になったままでこちらを見ている幸村さんと目が合った。 寝ていた時のままの格好だ...手以外は。顔を覆っていた両手は鼻を押さえていた。そして両手の指の隙間からは赤いものが垂れている。

ぽた...ぽた...

落ちた先に視線を移動させれば布団に赤い模様が出来ている。そしてその模様は今も尚増え続けている。

「ゆっ、幸村さん鼻血...!」

何か拭く物をと思っていつものように四つん這いで走ろうとしてバランスを崩して顔から畳みに突っ込んだ。

「ぐわっ!」

ずざざーと畳の上を顔面スライディングした。あまりの痛さに涙目になりながらちゃんと鼻がそこにまだあるか、擦って 確認する。...ほっ、よかった。そこにちゃんと鼻が存在していて安堵しながら擦った手を見てみると血も出ていなかった。 人間に戻ったのだから犬の時の要領で走ろうとすればバランスが違うのだから、そりゃこけてしまう。
すっかり 犬のときの四速歩行が染み付いてしまっていた。恥ずかしい所を見られてしまった...。
後ろに居る佐助さんと幸村さんがどういう表情をしているのか想像して顔面スライディングしたのとは違う意味で 顔が赤くなっているのを感じた。無言が何よりも痛い...! それも無言なのにしっかりと背中には二人分の 視線が突き刺さるのを感じる。ここは変に取り繕うよりも何も無かったことにするのが一番だ。私はあまりの 恥ずかしさに今すぐに庭に飛び出して猛烈に穴を掘ってその中に隠れてしまいたい衝動を押さえ込んで、 二足歩行に切り替えようと後ろ足...じゃないや、普通に足でいいんだ。足に力を入れて立ち上がろうとした。 久しぶりの感覚に変な感じだと思いながら背を伸ばそうとすると、後ろから何かに捕まえられた。突然のことに混乱 しつつ後ろを振り返ると佐助さんだった。
佐助さんに羽交い絞めにされている。

「...こんなにどんくさいのにどうやって入ったのか知らないけど妙な真似しないでね」

笑ってる。
確かに表情は笑顔だ。けど目は笑っていないどころか底冷えするような目で私を見ている。背筋がぞっとして皮膚が泡だった。 何回か佐助さんが笑いながらも怒っているところをみたことがあったが、こんな冷たい表情は見た事が無かった。