今、私は両手首を後ろ手に縛られ両手足も同様に正座をさせられ縛られている。
身動き出来ない状況に大人しく座りながらもこんな格好にさせた佐助さんが私を曲者かなにかと勘違いしているようなのでその勘違いを訂正しようと口を 開いて声を出そうとしたが、手で“待て”のポーズをされたので思わず口を噤んだ。それから今は炎丸(仮)じゃないんだから 別に“待て”しなくても良かったんじゃ...と思った。ついいつもの癖で大人しく従ってしまった...。

「それで? どこに雇われてんの?」
「どこにも雇われてません!」

即答すると佐助さんの口端がぴくっと引き攣った。

「...どこから進入してきたの?」
「最初っからここに居ました!」

佐助さんは今度は眉間に皺を寄せたかと思うと、自分の後ろに体を隠すようにしている幸村さん(オプション:鼻に紙を詰めてる)を見た。 佐助さんの視線を受け、幸村さんは慌てたようにぶんぶん勢いよく首を振った。
それに「だよねぇ...」と納得したような、やっぱりとでも言いたげな返事をして佐助さんは腕を組みなおした。

「......何が目的なわけ?」
「そんなのないです!」

苛立たしげに組んだ腕の上で指先をとんとんとしながら佐助さんは考えるように目を瞑った。
幸村さんは先ほどから佐助さんの後ろに隠れて出てこようとしない。

「ふぅん...そうくるわけ」

何やら一人で納得したようなことを言う佐助さんの納得の仕方は絶対に間違った方向だと気付き、私は慌てて先ほどから 言おう言おうとしていた一言を口にした。

「私、炎丸(仮)です!」

これで誤解が解けるに決まってる、私は痺れてきている足と、肌に食い込んだ縄をようやく外して楽にしてもらえるんだと 安堵の息をつこうとしたが、どうにも半目でこちらを見ている佐助さんと幸村さんの視線に息を飲み込んだ。

「...嘘つくにしてもさ、もっとマシなのなかったの?」
「うぅむ、ここまではっきり嘘だと分かる嘘もあまりないものだ」
「ほんとですよ!!」

力を入れすぎて体が前のめりになった。それほどに私が言った事は嘘ではないと伝えたかったのに二人の視線は冷ややか なままで、私はようやくこの事態に焦り始めた。
確かに人の姿で二人には会ったことがなかったが、いつの日か人に戻った時には説明すれば信じてくれるのだと安易 に考えていた。だって二人ともすごく優しかったし、可愛がってくれたから信じてくれるものだと思って疑わなかった。
だからまさかこういう事態になるなんて思ってもみなかったんだ。

「...まぁ、話さないんだったら話すようにすればいいんだけど」

焦り始めた頭に届いたのは佐助さんの冷え冷えとした声で、苛立っているのと呆れている感情が吐き出された言葉に 含まれているのを私は嫌なほど感じ取ってしまった。
その声には炎丸(仮)だった時に私に向けられた暖かみなんてこれっぽっちも入っていなくて、私が炎丸(仮)である というのを真っ向から否定しているのが分かり、高い所から突き落とされたような心地になった。 ジャンプして飛び上がったときに体験した、内臓が冷たくなる現象が今も起こっていた。
じわじわと目の前が霞んでくるのを感じながら胸の中には、何で信じてくれないの?! という気持ちでいっぱいだった。

「うそじゃないもん...ばか...」
「え?」
「む?」
「......う、うぅ! 幸村さんと佐助さんのアホ! 将来ハゲろばかぁ!!」

目に涙が溜まってきているのを見られたくなくて私は顔を隠そうとしたが、手と足を縛られた状態では腕で隠すこと も出来なくて...それでもどうしても見られたくなかったので体を前に倒して畳みの上に顔を押し付けた。畳みに鼻がぶつかって痛かったけど、 そんなのは些細なこととして処理した。鼻が痛いことよりも佐助さんと幸村さんに涙を見られることの方が嫌だった。 私を信じてくれないという怒りでそう思うのか、ただの意地でなのか、その両方なのかよく分からなかった。
ちょうどいい具合に髪で顔が隠れたので私はその髪のカーテンの下で涙を流した。鼻を啜ると泣いていることが ばれるので我慢する。

「...え? ちょ、もしもし?」
「さ、佐助、この女子はどうしたのだ...」
「俺様に聞かれても...」

困惑している様子の二人の声が聞こえてきたが私に答えてやる義理はないので無視する。

「炎丸(仮)だって言ってるのに......私のことかわいいんじゃなかったのかよぉ...。臭いとか言うくせに無理やり 匂い嗅ぎやがって...うぅ...ばかやろう、傷付くんだよぉ....うぅぅ...ずずっ」

嗚咽が隠せなかったが、出てくるもんは出てくるんだしょうがない。やけっぱちで今まで言いたくても犬だったので 言えなかったことを言ってやった。どうせ信じてくれずにこれから無理やり佐助さん曰く“話すように”されるんだ。 何をされるのか分からないけど、あの臭い薬を嗅がされるよりひどいことをされるのは分かっている。
映画とかドラマとか漫画で、予備知識として頭に蓄えられていた“拷問”というやつが頭の中に浮かんで、 私はますます涙が止まらなくなった。

「うぅぅ...」
「このままじゃ埒があかないから、起きて」

顔を上げたくなかったというのに無理やり腕を掴まれてさっきの体勢に戻されてしまった。顔中がべちゃべちゃになってる 気がする、せめてもと首を捻って肩のとこで顔を拭おうとしたら顎を掴まれて正面を向かされてしまった。正面には 佐助さんが居て、呆れた顔をしていた。

「うっわー...すごい顔」
「見るなよぉっ...!」
「佐助、これで拭いてやれ」

幸村さんがどこから出したのか手ぬぐいを投げて、佐助さんがそれを受け取って私の顔に押し当てた。ぐちゃぐちゃ でひどいことになってるだろう私の顔面を佐助さんは涙の後を拭ってから鼻に押し当てた。きっと鼻水も出てたんだろうな 、顔中ベタベタな感じがしてよく分からないけど。女の子としてはそんな顔を見られて恥ずかしい! と 思うべきなんだろうけど、そんなもんに気を回してる余裕はなかった。