さっきから誰も通りかからない五年は組長屋の前は何故か他の五年の長屋から隔離された所にある。
は組だけハブとかひどくない?! と最初は思ってたけど、まぁ同じ敷地内なんだから他の忍たまも遊びに来ちゃったり するんじゃない? 迷子の忍たまが迷い込んできちゃったりしちゃったりするんじゃない? そしたら案内してあげて あわよくば友達になっちゃったりしちゃったりして!!

―――なーんて思っていた頃がわたしにもありました。

時々、迷い込んでくる忍たまがいるけれど、長屋の周りにはみんなが練習用とか言って罠を張り巡らせてあるから それにひっかかって長屋まで辿りついた者はいない。今では誰も通りかからないまでになってしまっている。
きっと他の忍たま達の間でもここは危険だという噂が流れているのだろう。
誰一人として寄り付かずに、ここはひっそりとしている。みんなが居る時はうるさいけれど、委員会だなんだと 今みたいにここを出て行かれると俺一人になってすごく静かだ。静か過ぎるくらいに。


縁側にごろんと横になって塀の上にいる雀を眺めながら、一人で友達十人できるかな? 作戦を練っていると、なにやら 話し声が聞こえてきた。忍術学園から隔離されたかのような環境なのでここまではっきり声が聞こえること自体珍しいことだ。 一旦、作戦を練るのを中断して縁側から外を覗き込むと紫色した人影がこちらに向かってきているところだった。 紫という事は、たしか四年生だ。どちらにしてもここに人が来るのは珍しい。何か用があるのだろうかと見ていると、 その人物は何かを紐で引いていてそれに向かって話しかけているようだった。よくよく目を凝らしてみればそれはどうやら 火器のようだった。
火器に向かって話しかけている...!
大きな衝撃が俺を襲った。そうか、そういう手があったか...!
目から鱗がポロリと落ちる。多分、あの子は俺と一緒で、いやもしかしたら俺以上に友達がいないのかもしれない。 それでその寂しさを紛らわせるためにああやって火器に...! ...ぅう...なんて悲しいんだ...!
まさか俺以上に孤独な人が居るとは考えもつかなかった。自分ばかり孤独だと思い込んでいて、俺はなんて浅はかで 思いやりに欠けた大馬鹿野郎なんだ...!!
そうこう考えているうちにその人物は長屋に接近してきていた。それ以上進むと罠がわんさか仕掛けられているという のにその子は知らないらしくその足を止める様子はない。一瞬、迷いが生じるもこんな時にシャイシャイボーイとか 言ってる場合か! 思い切って声を上げた。

「それ以上進まないほうがいいよ!」

驚いたようにこちらを見た、その子の視線に怖気づきそうになりながら縁側から足を踏み出す。罠の張られてあるところ は全て頭に入っている。ひょいひょいと避けながら歩く。

「...よっ」

最後の罠である糸を飛び越えて着地すると、すぐ傍にその子がいた。驚いたように目を見開いて口も開いている。

「ここから先は罠がいっぱいあるから入らないほうがいい」

見ただけでは分からないが、見えないところにたくさんの罠が仕掛けられている。
ここから、というのを指で指して示すも、相手は何も答えない。見てみれば未だに驚いた表情で固まっていた。 俺の顔の不気味さに驚いているのだろう。大体の子たちは始めて会うとこういう反応するのだ。そして目を逸らして そそくさと離れて行く。苦々しさを隠して笑う。

「聞こえてる?」

不気味で俺と話なんてしたくないかもしれないが、これは伝えておかないとこの子はまたここにやって来て今度こそ 罠に掛かるかもしれない。中にはえげつない罠だってある。
ひらひら手を目の前で動かすと、ようやっと気付いたような反応だ。す、すいません。と消え入りそうな声で言って その子は俯いた。

「ここから先は罠がいっぱいあるから入らないほうがいい」

それを告げると思い出したかのように「あ」という声が聞こえた。

「...すいません。うっかりしてました」

俯いていた顔を上げて目が合ったと思うとまたすぐに俯かれた。うーん、傷付いちゃう...だって、ガラスのハートだもん! とか言ってる場合じゃない。いつもだったらあっさりそれで試合終了になっちゃうけど、今回はそういうわけには いかない。なんせ俺以上の孤独を抱えた人物が相手なのだから。これってすごいチャンスじゃん! 俺も友達が 欲しい。この子も(多分)友達が欲しい。完全に利害が一致してるのにこれを見逃すわけにはいかない。

「えーと...名前はなんて言うの?」

久しぶりの友達作りに緊張した俺は手から吹き出てくる汗を装束で拭いながら尋ねた。もしかしたら握手とかもしちゃう かもしれないのにその時に手が湿ってたらきもいとか思われちゃうかもだし。不快な思いをさせるわけにはいかない。 俯いていた顔を上げたその子は驚いたようにこちらを見た。今まで気付かなかったきれいな顔してるなぁ、この子。

「俺は五年は組の。キミは?」
「...存じてます」
「え?」
「いえ、...四年ろ組の田村三木ヱ門です」

名前を言ったかと思うと、田村くんはうっすらと笑みを浮かべた。もし、それが自己紹介とセットになった愛想笑い だとしても俺はすごく嬉しかった。だって、愛想笑いだとしてもこんなに友好的な子っていなかったんだもん! いつもなら自己紹介までも辿り着かないし! 嬉しくって俺は自分の顔の不気味さ(室町調べ)も忘れてにっこり 満面の笑みを浮かべた。すると、田村くんが「うっ...」と呻いてくらりとよろけた。
え...? 俺ってそこまで不気味なの...? 直視するとよろめくほどに...?
ちょっと半泣きになっていると、田村くんがぎょっとしてこちらを見た。

「ど、どうしたんですか?!」
「いや、あの、目にごみが入ったっていうか...」

まさかありのままを言えるわけも無く、嘘をつくとあっさり田村くんは信じたようだった。

「それじゃあ目洗いに行きましょう。あっちに井戸があるんで」

その瞬間俺は確信した。田村くんってめちゃくちゃいい子だ!
俺の嘘を鵜呑みにして、あまつさえ俺に目を洗うように促してくれるなんて...! 感動に打ち震える俺を何か勘違い したのか、恐る恐るといった風で田村くんが俺の手を取った。握ってるのか握ってないのか微妙な具合で俺の手を そっと取って田村くんは歩き出そうとした。