朝食を食べに食堂に行くとすでにたくさんの人で食堂内はいっぱいだった。数人並んでいる列に自分も並ぶ。 後ろにはタカ丸さん、喜八郎、滝夜叉丸が並んでいる。前を見てみると湯気の上がった焼き魚と味噌汁、漬物、ご飯 が載った盆を持っている生徒が居た。起きたばかりだが成長盛りだかなんだかでお腹の減っていた僕は早く朝食に ありつきたいと列に並んだ人数を数えてみた。

「三木ヱ門くんのところは一時間目は何の授業?」

ぽんぽんと肩を叩かれ、数えるのを中断して振り返るとタカ丸さんのいつもの緩い笑みを浮かべていた。

「あ、座学です」
「そうなんだ〜。僕のところもだよ」
「座学ってつまんない」
「喜八郎はそうかもしれないが、座学も実践も優秀な私はそうは思わんな!」

そこからぐだぐだと長い自慢が入るのだろうと諦めの境地で眺めていたら喜八郎が「うるさい」と言い、あのうるさい 口を手で押さえた。これには感心して思わずよくやった、と言ってしまった。タカ丸さんは何も言わなかったが、 多分僕と同じ感想だろう。なんせ滝夜叉丸の自慢話はうるさい上に長くて気が滅入るものだ。

「うわ、滝の口さわっちゃったから手洗ってこよ」
「......私は病原菌ではない」

喜八郎の言葉は予想以上に滝夜叉丸の心を傷つけたらしい。反論する声はいつもからは考えられないほどに小さかった。 だが、それを気にしないのが喜八郎だ。そのまま何も聞こえなかったかのように列を抜けて食堂を出て行った。
宣言どおり手を洗いに行ったのだろう。


喜八郎の言葉に傷つけられたというのに滝夜叉丸は喜八郎の分も頼んで机に運んでやっていた。変なところで真面目 というか、なんというか。まぁ、このパターンは今までだって何度もあったのだが。タカ丸さんはそんな滝夜叉丸 に向かって「滝夜叉丸くんは優しいね〜」と感心していた。すると滝夜叉丸が回復したのは言うまでもないだろう。 机に食事を運んで間も無く喜八郎が帰って来た。

「滝、ありがと。お礼にこの漬物あげるね」
「やめろ! 喜八郎それはお前が嫌いなだけだろう!」
「三木食べる?」
「自分で食べろ」
「タカ丸さ...」
「ううん。僕もいいよ〜」

喜八郎はまさか全員に断られると思っていたのか力なく無言で漬物の皿を滝夜叉丸の盆に乗せた。もちろんそれについて 滝夜叉丸は文句を言おうと口を開いた。だが、滝夜叉丸の声が聞こえるより先に大きな声が食堂内に響いた。

「田村くん!! おはようー!!!」

それもその声が自分の名を呼んだので驚いて口の中のものを噛んでいた顎の動きが止まった。正面に座る滝夜叉丸と あまり表情を変えない喜八郎まで驚いた表情をして僕の後ろを見ていたので、その視線を追うようにして僕も振り返った。 食堂の裏口――外に通じる入り口から笑みを浮かべて手を振っている人が居て僕も驚いた。
そこに居たのは何かと学園内で有名で、この間初めて会話した先輩だった。

「ごめん、びっくりさせたー?」

いつまで経っても挨拶を返せない僕を心配するように先輩が入り口から叫ぶ。それに対して慌てて首を振る。

「大丈夫です。おはようございます」
「うん! おはようー!」

心底嬉しそうに満面の笑顔を浮かべる先輩の笑みを朝から見るのは心臓に悪く、凶器のようだと思った。

「あっ! 今日のおばちゃんの漬物めちゃくちゃおいしいよ!」

やだよーくん。というおばちゃんの照れたような声に先輩は笑顔を返した。

「おい、お前はこんなとこで何してんだ」
「え? と・も・だ・ち!に挨拶」

五年は組の人だ。先輩を連れに来たのか、食堂内を見回して「うわー...」と呟いた。
何故か友達のところを強調するようにして言葉を発し、僕の方に顔を赤くさせながらはにかんだ笑みを向けてくる先輩に 僕も釣られるようにして恥ずかしくなった。だがそんな先輩を見て、その人はゲーという顔をしたかと思うと手を振り上げた。


「きもい!(バシッ)」
「ぎゃっ!」
「この馬鹿がお騒がせしました。どうぞ朝食を続けてください。」
「ぐえっ、首がっ! 首がしまっとるがな!!」
「おばちゃんばいばーい。おら、お前もばいばいしろ」
「おばちゃんばいばい! 田村くんもばいばい! またね!」
「はいはい。またね」
「あ、はい。また!」

「キャー! 田村くんと朝の挨拶しちゃった〜! 友達みたい!!」


こちらには聞こえていないと思っているのかはしゃいだ先輩の声が聞こえて僕は瞬時に顔が熱くなるのを感じた。 朝の挨拶をしただけなのに大げさだ。それも“友達”という単語が入っていたことに僕は驚きを隠せない。てっきり あの日の言葉は冗談なのだと思っていた。
気付けば食堂中の視線が僕に一心に浴びせられているのに気付いてその居心地の悪さから僕は先輩が消えていった裏口から視線を外して 盆の中のご飯を見つめた。斜め前の席に座っている喜八郎が先ほどあれだけ食べようとしなかった漬物を咀嚼する ボリボリという音だけが聞こえた。