「こちらが今日から様のお部屋になります」
「ありがとう」

捕虜のような状態でこの国に連れてこられたのだから扱いについてはきっとひどいものになるのだろうと思っていたのだが... 通された部屋は思っていた以上に広く、そして豪華なつくりをしていた。
思わず口を開けながら部屋の中を見回す。天井にまで細かな絵が描かれていることにも驚きだが、何よりもこんな上等な部屋は見たことが無かったので そのことにまず驚いた。金や赤などの主張の激しい色は、自室には無かったものだ。素朴と言う言葉がぴったりのあの里には無いような色合いで溢れている。
こういうのを豪華絢爛というのかもしれない。
だけど、だからこそここが里ではないのだと思い知らされ、居心地の悪さを感じる。
少量の荷物を机の上に置くと、頭を下げながら女官がしずしずと近づいてくる。
佇まいがすでに上品で、彼女が優秀な女官であることが知れた。

「お召し物をお取替えいたします」

その言葉に反射的に自分の居住まいを見直してみれば、随分と汚れていた。ここに来るまでの道中の砂埃などの所為だろう。 ここに来るまでは長かったが歩いてきたわけでもないので汚れているのは意外だ。
そうして自然と思い出したのは、ここに来るまでのことだった。咄嗟に頬に熱が灯ったのを感じて、手の平で頬を押さえた。



「すみません...私、馬に乗れません」

私が控えめに声を上げると、馬上の人が驚いたようにこちらを見下ろした。
初めて感情らしきものを浮かべる顔を物珍しく思い、つい眺めてしまった。だが、それがいけなかったのか、すぐに表情はなかなか感情を読むことが出来ないものに戻ってしまった。

「手を出せ」

そうして目の前に伸ばされた大きな手をまじまじと見てから”おて”をするようにおずおずと手を重ねると、私の手を避けるようにして伸びてきた手に腕を掴んまれた。 そのままぐっと力を入れて引っ張られたかと思うと、腰紐を掴まれた。一瞬、宙に体が浮かんだ。

「わっ...!」

思わず声を上げている間に、気づけば馬の背に跨っていた。あまりの早業に驚いていると、背後から伸びてきた手が手綱を握ったのを目にし、 振り返ってその手の主が誰なのか確認した。
思いがけず近い距離に人を見つけ、ぐっと喉に変に力が入った。

「掴まれ、落ちるぞ」

視線がこちらを向いているわけではないので、見ていることはばれていないのだと思っていたのでぎくっと肩が強張った。言われた通り、前を向いて馬の背中に掴まることが出来る部分を探してみたものの、 見つけることが出来ずにいると手を掴まれた。すっぽりと大きな手によって自分の手が隠れたと思うと、そのまま手綱へと導かれる。

「ここを持て」

耳のすぐそばで声が聞こえ、緊張で体が強張った。
「...ありがとうございます」それだけを言うのがやっとだった。背中に人のぬくもりを感じながらの道中、生きた心地がしなかった。 あそこまで近い距離で長い時間を人と共にしたことが無い。

気疲れのようなものあるだろうが、物理的に馬に乗るという行為はとても体力を消耗するものだった。体力を削がれた理由はそれだけではないだろうけど...。 だからもう眠りたいところだったのだけれど、それも出来ない。まだ若い女官は、私が身を預けるのを待っている。

「ありがとう。けど大丈夫、自分でできるから」
「そのような...! お手を煩わせることなど...」

焦った表情で話す女官に違和感を覚える。着替えるだけだというのに慌てて止めようとするなんて...まるで何だか私をとても高貴な人間とでも思っているようだ。 そんなすごいものでもないことは自分でよくわかっている。今までだって自分で出来ることは自分でしてきた。もちろん着替えだって自分で出来る。 それどころか洗濯も掃除も、料理を作ることだって出来る。
だけどこの女官は私の手を煩わせることが大罪とでも思っているようだ。 私のことがどういう風に伝わっているのか気になるところだが、自分で「私ってどういう人?」と尋ねることもできない。

「じゃあ、少しだけ手伝ってもらおうかな」

相変わらず焦りを表情に浮かべる女官が気の毒に思えて、私はその提案を受け入れることにした。
衝立が立てられ扉から隠されているような部屋の奥へと案内されれば、帯を解かれて背後から服を脱がされた。

「これは...どこかお怪我をなさっておいでなのですか?!」

服を脱けば自ずと肌が露わになることになる。一部を除いて。腹から胸にかけて巻いている白いさらしを見ての質問だ。 さらしを厳重に巻いてあることから重症だと思ったのか、最後は叫ぶような声を上げた女官に思わず口角が上がった。 さっきまで澄ましていた彼女が叫んだことがおかしかった。

「あぁ、違う違う。これはちょっと...あまり人に見せたくないから」

そういうと何かを察したらしい彼女がハッとしたように目を見開いた。そうして謝罪を口にしてから何事も無かったように今度は服を背中にあてがわれた。 それに袖を通しながら、彼女が一体どういう勘違いをしたのか考えてみる。
大方何か、怪我のあとなんかを隠しているのだと察しをつけたんじゃないだろうか。今までも何度かあったことだが、そういう風に考える人がほとんどだった。 だけど私は嘘は言っていない。
男として生きる私にはあってはならないものを隠しているのだから、見られては困る。