あのおばあさんはもしかして魔女だったのかもしれない。
家に帰りついて、先ほど体験した不思議な出来事について私が導き出した結論は夢見がちすぎると、人に話せば笑われ そうなものだった。けれど思い返してみれば、全てが不思議に思えてくるのだ。
出来ればまた会いたいと思うが、私がどうこう出来る話ではない。今まで毎日のようにあの道を朝と夕方通っているが、 あのおばあさんに会ったのは今日が初めてなのだから。



風呂から上がり、寝る準備を済ませた私は明日の授業の確認をするために通学鞄を開けた。と、そこで入れっぱなしにしていた 赤い布が目に映りこんだ。家に帰ってからゆっくりする暇もなく友人に呼び出され、そのまま慌しく家を出て それっきりすっかり忘れていた。大事にすることを条件に安く売ってもらったというのに...。
おばあさんに申し訳なく思い、一度謝ってから赤い布に包まれたそれに手を伸ばす。
慎重に赤い布を取り去ると、昼間見たままの鏡が出てくる。頭上から降り注ぐLEDの光りを反射して、つやつやと光っている。 それを眺めている私のにやにやした顔が鏡の中に写りこんでいることに気付き、慌てて表情を引き締めた。 鏡の中の私は取り繕ったように真剣な顔をしていた。

初めて手に取った時よりも、じっくりと眺めながら私はこの鏡はそうとう古い物なんじゃないだろうかと考えた。 普段使っている鏡よりも鏡面が雲って見える気がする。そう気になるわけではないけれど、全体的に少しばかりぼんやりとしているのだ。 次につやつやと光る鏡面の裏を見てみる。買った時と同じ赤い花が三輪描かれている。これが100円なんてお買い得どころの話じゃない。 あのおばあさんからしてみればきっと痛手になったんじゃないだろうかと考えて、ふと前に見た心霊番組を思い出した。 その番組でやっていた、古い人形の話を。
なんでもその人形はとても精巧に出来ていて美しく、一目見ると 虜になってしまうと言うのだ。その人形に魅入られた人たちはどうにかしてその人形を手に入れようとするのだが...その人形を手にした途端、 その人達はみんな謎の死を迎えるという...曰くつきの人形だったのだ。
ぞぞぞ、と背筋が寒くなるのを感じながら思わず手に握っている鏡を見た。
もしかするとこの鏡もそういう類の物なんじゃ...だからおばあさんは早く手離したくて私に......
「いやいや、そんなことあるわけないし! 馬鹿らしい」
自分の考えを馬鹿らしいと一蹴しながらも、私は鏡をじっと見つめてどこかおかしな点が無いか探そうとした。 鏡の中の私は不安げな表情をしているがそれを取り繕う気にもならない。息を潜ませ、鏡を隅々まで点検する。
五分ほど経っただろうか。鏡には見たところ何も異常は無く、また何も異常が起きなかったことに私は安堵の息を吐いた。 まさか御札らしきものが張られていないか、それとも親切に“これは呪いの鏡です。”みたいなことが書かれていないかと目を皿のようにして 見てみたが、普通の鏡のようだった。

「やっぱりね。そんなわけないと思ったもん」

私はホッと息を吐きながら呟いた。そしておばあさんを疑ったことについて胸中で謝罪した。
さっきまで本気で恐がっていた自分がおかしくて小さく笑うと鏡の中の私も笑った。
と、その時、一瞬何かがちらっと鏡に映った。
瞬間、私の笑顔が凍りついた。先ほどの比ではない寒さを背筋に感じながら慌てて鏡中を覗き込んでみたが、 鏡に映りこむのは必死の形相の私と、背後の部屋の中だけだった。

「気のせいか...ははは...」

意味も無く笑いながら私はさっきのが目の錯覚だと信じ込むことにした。
こういうのってよくあるし、恐いと思ってたら何かを見間違えるって感じだろう。それか虫か何かを見間違えたとか。 ちょっと神経過敏になってたから勘違いしてしまったんだ。そうに決まってる!!

「...うん、そうだ。絶対! まちがいない!!」

大きな声で叫ぶと本当にそういう気になってきた。納得して頷きながら私は心持ち鏡を体から遠ざけた。
さっさと結論を出した私は明日も学校だし眠ることにした。
あれは目の錯覚か、それとも虫か、どっちにしても恐いものではないはずだ! 絶対!
鏡を右手に握りながら勢いをつけて立ち上がり、部屋のドアを開けた。そして人に踏まれないような位置に鏡面を下にして鏡を置いた。

「念の為です。決して粗末に扱っているわけじゃないですよ...」

おばあさんとの約束を思い出した私は罪悪感を覚え、ここには居ないおばあさんに向かって言い訳のようなことを 呟いてからドアを閉めて急いで布団に潜り込んだ。
電気を一段階だけ小さくして今日は眠ることにする。十分にまだ明るい電気はいつもなら寝苦しく感じるものだけど 今日はいつもと事情がちょっと違うのだからしょうがない。







(20120804)