白い装束と長い髪、それから世界一有名なねずみを知らなかったという事実や、何よりも電気の代わりに油を使っているという 点からもこの時代の人じゃないかもしれない。
白い装束なんて幽霊という思い込みを取っ払ってしまえばそうとしか考えられない。テレビを通して見る過去の日本ではああいう格好をよく見る。 過去と繋がる鏡なんて...私の頭はファンタジーすぎるかもしれないと思ったけれど、それなら説明がつくとも思った。
過去と繋がる鏡なんて言っても誰も信じてくれないのは目に見えてわかっている。(まだ幽霊が鏡に取り付いているって言う 方が現実味がある。)
誰かに兵助くんのことを話したいなぁ、とは思ったものの私は未だにそのことを誰にも話して いなかった。話せば絶対兵助くんと会ってみたいと半信半疑で言われる事態になることはわかっている。信じる信じない の前に面白そうという好奇心が先にくるのだろう。
するとそれは嫌だなぁ、と思ったのだ。
最初の自分の態度は棚に上げ、私は彼がほんの一瞬でもそういう好奇の目で見られるのが嫌だった。
それなら最初から何も、誰にも、このことは話さずにいよう。
この秘密を誰かと共有せずに私だけのものにしてしまうのだ。そう考えると少し胸が弾んだ。


毎夜の如く行われる秘密めいた集まりは、特に待ち合わせしているわけではないのに続いていた。 それだというのに私は未だに兵助くんのことをよく知らない。
会話の内容は主に自分たちの世界についてだ。
電気を皮切りに、兵助くんは私の部屋にある家電製品や、シャーペンやカーテンにテーブルに...と、たくさんのものに興味が引かれる らしく、目に付いたものについて片っ端から質問してくる。おかげであれから幾日も過ぎたというのに兵助くんに ついて分かっているのは己の目で見て得た情報と、シャーペンについての説明のときについでのように聞いた“久々知兵助” という漢字だけだ。兵助くんは私の部屋の隅々まで把握しているというのに...。
逆に私から質問してみたいと思っても 彼の背後はいつも大体真っ暗で、何かあるのか何も無いのかさえも分からない。一度そこはどこなのかと尋ねてみたら シンプルに「外」とだけ答えが返ってきたことがある。「え! なんで外?!」思いもしない答えに大きな声が出た。
すると、外以外にどこがあるというんだとでも言いたげな兵助くんは「部屋には人がいるから」とだけ返してくる。
少ない情報は、だけど私にたくさんの疑問を与えた。が、兵助くんはそれ以上話したくないのか、それとも机の上に 容器ごと置きっぱなしにしていたクマの形のグミにとてつもなく興味を引かれたのか、早々と話題を変えてしまった。 こちらに質問させてくれない(私の考えすぎかもしれないけど)兵助くんに、私は嫌がらせのために目の前でグミを頬張ってやった。

「それ、食べ物なのか?」

興味というよりは怖いものみたさという感じで、もっと言えばそれが食べ物だとはとても信じられない。と言いたげな視線に 私はこれ見よがしに「めちゃくちゃおいしいー!これが食べられないなんて兵助くんカッワイソー!!」と言ってやった。

「...固いのか?」

調子に乗って5つほどいっぺんに口に入れたのでとても弾力のあるグミを細かくするのに悪戦苦闘してもぐもぐと口を 動かし続けていると、こちらの居心地が悪くなるほどじっと鏡の中からこちらを伺っていた兵助くんが話しかけてきた。 まばたきせずに見つめてくる大きな目を見返す。

「干し肉みたいな感じ、か?」
「全然違う」
「じゃあ干しいも」
「干しいもって食べたこと無いからよくわかんない」
「干しいも食べたことないのか?!」

なにやらカルチャーショックを受けているらしい兵助くんを無視して私はグミを噛むことに意識を集中させた。
その日も結局、私は兵助くんのことについて何も知ることが出来ずに「じゃあまた」と、お決まりの挨拶を交わしてさようならした。 不公平だな、とは思う。けど兵助くんが聞いて欲しくないのなら聞いてはいけないのだと思う。 実際は聞いて欲しくないと兵助くんが考えているのかもよくわからないけど...。
私は怖いのかもしれない。兵助くんに好奇心のままに色々と尋ねて拒否されるのを。
何故まだ出会ってからそう時間が経っていない兵助くんに対してそんなことを思うのかと考えれば、私はあの鏡の中の不思議な男の子に好意を持っている
からだろう。...変な意味の好意じゃなく。純粋な意味での好意を。

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いつものようにベットに寝転がって、携帯を片手に空いている方の手で鏡に触れた。私は最近このやり取りをするために 寝るまでの準備を済ませるのが早い。良い子は9時までに寝ないといけない、とまだ小さい時に言い聞かせられた 言葉を律儀に守るように自室へと閉じこもる。
だけどもちろん実際は寝る準備を済ませるのが早くても寝るのが早いわけじゃない。 今日は何の話をしようか。私は少しだけ気分が高揚するのを感じながら待ち人が現れるのを待っていた。
何度目かのトライで鏡面が光った。私は携帯をベットの上に放り出して鏡を握った。やがて光りが収まってから現れた のは兵助くんだった。
だけどいつもの兵助くんじゃない。
私は挨拶するために開けていた口をぽかんと開けた間抜け面のまま鏡の中の兵助くんを見つめた。兵助くんも私の様子 が変なことに気づいたらしく、なにやら戸惑っている。

「...なに」

戸惑いが滲む声で話しかけられて、ようやく私はハッと意識を取り戻した。

「いつもと違う!!」

驚いた衝撃のままに声を出したものだから部屋の中に響いた。
目を見開いて鏡を   正確に言えば鏡の中の兵助くんを じっと見つめる。

「あぁ、実習終わってそのまま来たから」

兵助くんは、忘れてたとでも言いたげな口調で身に纏っている多分紺色と思われる服(暗いからちゃんと色が識別できてる かわからない)を見下ろしている。いつもは白い貞子御用達みたいな服を着ているのに、色が付いた服を着ているのを見たのは 初めてだ。それに何よりいつもは長い髪を下ろしたままなのに今日はポニーテールだ。いつもとは全然違う姿をしている 兵助くんをじっくり観察していると、ふと引っかかった一言に私は視線を上げた。

「実習?」

実習といえば最初に頭に浮かぶのは調理実習だった。
だけど、どう考えても兵助くんの言う実習=調理実習では無いこと ぐらいわかる。続けて、何故こんな夜に? という疑問が後を追いかけてくる。
ますます何の実習か見当も付かず、視線で答えを求めると兵助くんの表情が強張った。
その反応にさっきの言葉は私には話すつもりがなかったものだったのだと嫌でも察した。
きっとつい口が滑ったのだろう。 そこまで考えて胸が変な感じがした。きゅっと縮み上がるような感じ。じわじわと何か嫌な感覚が胸の中に 広がるのを感じながらもそれを振り切るように、私は空気を変えようと慌てて頭の中に浮かんだことを口にした。
妙な沈黙を長引かせてはいけないという自己免疫能力が働いたかのようだった。

「実習と言えばこの間調理実習があったんだだけどさ。炊き込みご飯と餃子とサラダを作ったんだー」

あからさまに会話を変えすぎたかもしれない。
口にしてから今更そんなことを思ったけれど兵助くんは強張っていた表情を少し緩めた。
私は咄嗟にはりつけた笑顔もどきを持続させた。

「それは食べ物か?」

兵助くんがのってきたことによってそこからは餃子とサラダがどういう食べ物かについて簡単に説明した。(炊き込みご飯については知っているらしい) 微妙な献立の組み合わせであることも、どのような食べ物なのかわかっていない様子なので疑問も浮かびようがない。
いまいち理解出来ているのか出来てないのかわからないが、私がおいしい! と力説するので 餃子とサラダと言うものは“とりあえずおいしいもの”としてインプットされたようだった。

「そういえば実習って言ってたけど、は何かを学んでるのか?」
「え?」

私についての質問なんて初めてだったから吃驚すると、あまり動かない表情が何かに気付いたように固まった。

「ごめん、別に言わなくてもいいから」

若干気まずそうなのは先ほど自分が私の質問には答えなかったからだろう。その様子から一応罪悪感を感じているらしいことは伝わった。
私も馬鹿じゃない。何か事情があるのだろうということが予想できる。
“答えなかった”じゃなくて“答えられなかった”が正しいのであろうこともわかる。
蓋をしようとした胸の中の嫌な感じを漂わせていたのが少し薄れた気がした。
“答えなかった”と“答えられなかった”とじゃ雲泥の差があると思うのだ。
自分の失言に気まずそうな雰囲気を漂わせている兵助くんをあえて無視し、私は口火を切った。

「私は、うーん...改めて説明するのは難しいな。えっと、学問? を教わりに学校に通ってる」

普段なら“学生”と言う単語一つで全て説明がつくので、改めて学生とはどういったものなのか説明することになっても上手く 言葉を繋げない。正直今の説明でさえも正解なのかよくわからない。そもそも兵助くんに学問や学校という言葉が通じるかでさえ わからない。だからと言って他に分かりやすい言葉も思い浮かばない。

「んー...何て言えばいいのかな......」

もっと分かりやすい言葉はないかと頭の中の少ない引き出しを探していると兵助くんがそれを遮った。

「大丈夫、分かるから」
「あ、そうなんだ」

部屋の中の色々なものについて質問され、答えを探す時によく唸っていたので、私が何故唸っているのかはすぐに察して くれたらしかった。
もともと少ない引き出しの中を探すのをすぐにやめる。

「俺もそういう感じだから」
「...え」

思いがけないカミングアウトに驚く。

「多分とは少し違うけど、大雑把に言うとそういうの」
「...そうなんだ」

今まで決して自分の背後を見せなかったのに、そこまでは見せてもいいラインだと言うことだろうか。
基準がよく分からないけれど多分そういうことなのだろう。
それにしてもやっぱりそうか。実習と言うのだから学生かな、とは思ったけれど。
...私には言えない実習とは一体何なのだろう?
逆に気になってしまうがここで質問するのは嫌がられるのはさっきのことで分かっているので私は懸命に口を噤んだ。







(20130118)