![]() もうすぐ夏休みと言うことで“夏休みの諸注意”という、私たちを一体いくつだと思っているのだろうと思う先生の話を聞き ながら私はうちわを仰いでいた。お世辞にも涼しいとは言えないぬるい風でも無いよりはマシだ。 この間梅雨が終わったと思ったらもう夏か、なんて先生の話を聞き流しながら色々なことを考える。暑さゆえに頭の中の考えもまとまらない。 だけど、次々に飛ぶ思考のほとんどは、最近私の頭の中の結構な部分を占めている人関連だった。 茹だる暑さのせいで点滅するライトみたいに頭の中にいろいろなことが浮かんで消える。 先生の声をBGMに、私はまたしても思考を飛ばした。 . . 「あ、今日も違う」 今日の兵助くんもいつもの貞子ルックではなく、紺色の服にポニーテール姿だった。昨日初めて見た格好だ。 いつもが悪いと言うわけじゃないけどこの格好の兵助くんは何だかぴしっとして見える。 「実習だったの?」 「今日は委員会」 “委員会”耳慣れた単語が出てきたことに吃驚した。次に、委員会って何の委員会? という疑問が当然のように湧いて 出てきたのだが、それはきっと聞いても答えてくれないのだろうと判断した。昨日の今日で同じヘマをするわけにはいかない。 私はなんてことない素振りで「そう」と聞き流した。 もちろん好奇心はあるがそれを表に出し、昨日のように気まずい雰囲気になるのは御免だ。 私は早々にこの話を流すことにし、昨日はあまりまじまじと見れなかった兵助くんをじっと見つめた。すると、鏡の中の 兵助くんもこちらをじっと見返してくる。大きな目が一心にこちらを見つめてくることに居心地の悪さを感じた私はそわそわした気分で話しかけた。 「それ、」 「ん?」 「かっこいいよね」 「...え、」 こちらをじっと見つめてくる大きな目が見開かれ丸くなるのが目に映った。予想外の反応に「え、」と、兵助くんの 声をなぞるように同じ音が口から漏れた。時計の秒針の音がやけに響くややおかしな沈黙が流れてから兵助くんが目を伏せた。 「...これが普通だからよくわからない」 「そっかそっか」 ようやく喋ってくれた兵助くんの言葉に食い気味に相槌を打った。それからはたと気付いた。そういえば自分はいつも 気の抜けすぎている、決してこんな格好では人前に出られないという格好を兵助くんに見せていることに。 「私はこれが普通じゃないからね!」 突然大きな声を上げた私に別段驚いた様子も無く、兵助くんは鏡の中から冷静にこちらを見返してくる。 「そうなのか?」 「これは寝る前の服なの!」 「ふぅん、いつもその変なのかと思った」 「変なのって!!」 聞き捨てなら無い言葉にすぐに反応するものの兵助くんの視線は私のパジャマ代わりの半袖シャツに向けられている。 今日のシャツには狸の絵が描いている。この狸のシャツは別に私が好き好んで選んだわけじゃなくてお母さんが 安くてかわいいからという理由で買ってきてくれたものだ。確かに愛嬌のある顔をした狸が描かれているけれど、(”安くて” という言葉が先に来るあたりお母さんもそこそこかわいいと思ったぐらいじゃないだろうか) これを外に着ていく勇気は無い。よってパジャマ代わりに使っているのだけど...。 「いつもの私はもっといい格好してるから!」 「へぇ」 「...何その生返事」 「別に?」 「...」 「...」 明らかに「どうだか」みたいな表情を浮かべる兵助くんに、引っ掛かりを覚える。 「どうだか、どうせいい格好って言ってもまた変な動物の描かれた服だろ」みたいな顔をしているように見える。(考えると兵助くんから見れば私はいつも謎の動物シリーズのシャツを着ているような気がする...) そこまでは兵助くんは言っていないが、幻聴のように私の耳の中に入り込んできた。ムッとして一方的なガンを鏡の中に飛ばすも、 兵助くんは端から相手にしていない涼しい表情を浮かべていることにこれまた腹が立つ。ぎゃふん! と言わせない気がすまない。 「あ、そうだ! じゃあさ、明日はそれ見せるよ!」 そうだ、証明すればいいのだ! そうと決まれば私の頭の中には明日についての計画でいっぱいになった。いつもの格好というのなら制服だろうか、 それとも普段着...あ、この前買ったワンピースを着るのもいい。兵助くん的にはどういうのがいいんだ? それを探ろうにも制服とワンピースどっちの方が好き? と、聞いて通じる相手じゃない。どう伝えるべきかと 考え込んでいると小さく笑い声が聞こえた。ぱっと顔を上げれば鏡の中の兵助くんが目尻を緩めてこちらを見ていた。 「なんか楽しそうだな」 「え、そう?」 「うん」 「えー?」 「って考えてること全部顔に出てる」 「え!! そんなことないし!」 「そんなことあるし」 「ないし!」 「あるし」 「...」 「...」 「...おーい、喧嘩なら買うぞ!」 「売ってないし」 少しばかりムッとするものの兵助くんの口角がわずかにつりあがっているところからも完全にからかわれていることが 伝わってくる。あまり変化しないと思っていた表情が少しずつ微妙に変化を見せるようになったのは、そのまま兵助 くんの心に関係があって、私に対して少しずつ気を許してきたということなのだろうかと考える。 最初はこんな軽口の叩きあいを兵助くん相手にするとは思っていなかった。少しずつだが確実に私たちの間の距離が縮んでいるのを感じる。 それが何だか私は嬉しい。 「あ、そういえば明日は来れないんだった」 「...そうなんだ」 突然思い出したように声を発した兵助くんの言葉に対しての私の返答は、自分でも声が沈んでしまっていると思った。 何だか私はとてもがっかりしているようだ。 明日、兵助くんと会えないことに。 ここのところ毎日寝る前に会うのが普通になっていた。最初はあんなにも恐かったはずなのに、今はいつのまにか 兵助くんと寝る前のひと時を過ごすのが日常として溶け込んでいた。逆に会えないときがある方が違和感を感じる。 自分でもわかってしまった沈んだ声を誤魔化すために、私は急いで言葉を重ねた。 「じゃあ明後日だね」 「...もしかしたら明後日も来れないかもしれない」 「あー...じゃあ明々後日だねー」 すごく言いづらそうな兵助くんの一言に、私は苦笑を浮かべながら答えたものの、二日後なんて途方も無い長さだ。なんて思った。 (20130331) |