二日後のことを途方も無い長さと言っておきながら、私の二日は瞬く間に過ぎ去った。
今日がその二日後なわけだけど、 長かった一学期がようやく終わり、明日からめでたくも夏休み期間に突入することになった。
始業式というめんどくさい行事も終え、成績表を入れた空っぽに近い鞄を肩にかけて、私は友人と早速羽目を外しに遊びに行くことにした。

「あまりハメを外さないように」

”夏休みの注意事項”がちらりと頭を掠めたが、掠めただけだ。気にも留めずに私たちは学校を飛び出して、そのままの足で 遊びに行くことにした。と言っても、学生が三人集まっても行く場所と言ったら限られてくる。
まず、あまりお金が掛からない場所。長居しても許される場所。
それらの条件が満たされる場所......私たちはいつもどおりファーストフード店で空腹を満たすことにした。

「夏休みか〜!」
「夏休みだぜー!」
「...つってもねえ」

ポテトを摘みながらの議題は夏休みについてだ。夏休みだと思うと嬉しくて、意味も無くテンション高く返答した私とは違い、 一人盛り下げるような発言をした奴に、二人で何事だと目だけで視線を送る。それでも何だかポテトをもそもそと食べ続けながらも テンションが上がらないようで、「はぁ」なんてため息を吐きながらどことなくどんよりとした雰囲気を漂わせている。 こんなめでたい日は大体のことを「ま、いっか! 夏休みだし!」で、受け流すことができるというのに...よっぽど嫌なことでもあったのだろうか。

「どうしたの?」

声をかけるともう一度「はぁ」とため息を吐かれた。
これはよっぽど嫌なことがあったか、それとも重大な何かが起きたのか...少し緊張した面持ちで居住まいを正す。

「せっかくの夏休みなのに彼氏も居ないなんて...」

何故こんなにも暗くなっているのか原因がわかったが、その原因が予想していたものよりも全然軽いこともあり、 私はつい心のままに口を開いてしまった。

「なーんだ」

ホッと息を吐きながら、ポテトの塩が付いた人差し指と親指をペーパーで拭く。
だが、ホッとしたのも束の間、何か悪い気配を感じて顔を上げれば眉を吊り上げた友人が居た。隣に視線を移せば、「馬鹿だね」 とでも言いたげな哀れみを含んだ視線を返されただけだった。

「なんだ、って!! これは重要なことでしょ?!」
「は、はい...」
「せっかくの夏休みに彼氏の一人や二人は欲しいでしょ?!」
「えっ、」
「あ?」
「...は、はい...」

一人や二人のところに引っ掛かりを覚えて言葉に詰まるものの、すごみのある声と目を向けられてしまったので大人しく頷いた。 敵は本気で怒っているらしい。ここは下手に出るに限る。
敵は怒りを抱きながらもお腹は空いているらしくポテトを食べている。だが、先ほどのように元気無くもそもそと食べているのではなく、 ポテトに八つ当たりするように口の中に乱暴に放り込んでいる。

は好きな人とか居ないの?」
「は?」

そして突然の話題の変更に私の返答は思わず心の声のままになってしまった。今は何が原因で怒りを買うかわからないのに...と 思っていると、別にそこには腹が立たなかったらしい友人は手に摘んだ一本のポテトの先端を私に向ける。

「だから好きな人だって」
「なんで急にそんな話に」
「で?」

これ以上ぐだぐだ言ってたらこのポテトで刺すぞ。とでも言いたげな迫力で答えを急かされてしまった私は、逆らえない 雰囲気にしょうがなく考えてみた。ポテトで刺されるのも嫌だし。別に先端恐怖症とかでもないけど、からっとあげられたポテトはきっと、結構な凶器になってしまう。
   好きな人
頭に咄嗟に浮かんだのは、兵助くんだった。
紺色の服を着て、長い髪を頭の天辺でまとめている兵助くんだ。
申し訳なさそうな表情を浮かべて明後日も来れないかもと言っていた姿だった。
今日がその明後日だ。
今日は兵助くんと会えるのだろうか。思わずそう考えていると、視線を感じてハッとした。話の途中だったのをすっかり忘れていた。 私の様子を見ていた友人たちは、二人で何やら頷きあっている。

「...誰?」
「え、何が?」

突然の話の切り出し方に話の展開が読めずに居ると、さっきまでイライラしていた様子の友人が興奮気味に言った。

「好きな人は誰? って!」

楽しそうに口角が少しばかりつり上がり、瞳はきらきらしている。私もこういう話は好きだけど、それは自分が聞く立場だった場合だ。 自分がこうして問いただされる立場は出来れば遠慮したい。
後ろに仰け反りながら、改めて私は好きな人について考えてみた。さっきは咄嗟に兵助くんの顔が浮かんだけど、この場合の 好きな人に兵助くんは当てはまるのかまではわからない。
だって、兵助くんは兵助くんだけど、一つとてつもなく大きな問題がある。
それは、鏡の中の人ということだ。実際には、鏡の向こう側では私が知らない兵助くんの世界があるということで、私の世界と兵助くんが居る世界は違うということだ。
これって結構重要な問題といえる。
兵助くんのことはもちろん好きだけど、それがどのような意味の好きなのか私は判断がつかなかった。
兵助くんは現実離れしすぎてる。
いつだって鏡の向こう側にいるし、実際に触れることだって出来ない。
そんな人のことを好きになったとして、ハッピーエンドなんかになるわけが無い。
あるのは悲しい未来だけだ。
だけど、感情というのは自分自身でさえコントロールすることが難しい。自分でも知らないうちに、自分の中で何かが始まってしまうことだってある。 実際「好きな人」と尋ねられて、兵助くんの顔が真っ先に浮かんでしまった。これがいい証拠だと思う。 私は兵助くんをそういう風に意識したことなんて無かったのに、意識していないところで少しはそういう風に思っていたのかもしれない。 そう考えると、さっきの問いにも答えることができなくなってしまった。

「...わかんない」

いろいろと考えていると、ますます自分の気持ちがわからなくなってしまう。私は兵助くんのことを好きなのかもしれないし、 ただ単に身近な異性として兵助くんの顔を浮かべたのかもしれない。けど、ただの身近な異性を思い浮かべるとは思えないので、 深層心理で兵助くんのことが気になってるとか...?
考えれば考えるほど答えがわからなくなってしまい、私は呻いた。出口の見つからない迷宮に迷い込んだみたいだ。

「好きなのかな...どうなんだろ...」

独り言にも似た呟きは、意図せず友人達の耳に届いた。

「そうやって考える時点で好きな気がするけどね」

まるで私の気持ちを見透かしているかのような友人に一言には答えず、私は無言でオレンジジュースを飲んだ。







(20130413)