![]() 帰宅した時間は思った以上に遅かったので怒られるかとびくびくしたものの、特に怒られることもなかった。 お風呂が空いているといわれたので、制服や鞄を置いてくるために二階に駆け上がる。 制服のリボンを外して、今日からしばらく制服を着る必要がないのだと思うと自然と顔がにやけてしまう。 外したリボンを机の上に置いたとき、伏せて置いてある鏡が目に入った。 そういえば今日は兵助くんは帰ってたのだろうか。 意識が兵助くんに向くと同時に、頭には昼間の出来事が浮かんだ。 兵助くんのことが好きなのか、好きじゃないのかと言う問題についてだ。 だけど、すぐに頭からそれは追い出す。 遊んでいたときも、時間を確認するために時計を見て兵助くんのことを思い出したのだけれど、私は意識的に兵助くんのことを忘れたのだ。 兵助くん本人が来れるかわからないと言っていたし。なんて言い訳とも取れる口実を浮かべながらも、本心ではなんとなく気まずいと思ったのだ。 だからカラオケに行った後にも、いつもの時間がすぐそこに迫っているのにファミレスに行くことにしたのだ。 壁にかかった時計に視線をやれば、いつも兵助くんと会っている時間よりも遅い時間を指していた。だから、私は試しに鏡を手にとって鏡面に触れてみることにした。 きっと....というか、絶対兵助くんはこの時間には居ない、そう思ったからこその行動だった。 だけど予想に反して鏡に触れた部分から鏡面が波打った。「...え」完全に不意打ちだったので、間抜けな声が口から漏れた。 いつもどおり光を放ちだした鏡がまぶしくて、反射的に目を瞑る。光が収まってからも少しの間、目を瞑ったままで、やがて恐る恐る目を開けてみれば鏡には兵助くんの姿があった。 「...えっと、今日はだめだったんじゃなかったの?」 予想外な姿を見つけて私は目をぱちぱちさせながら話しかけた。 すると、兵助くんはどことなくむっつりとした口調で言葉を返してきた。 「...かもしれないって言った」 「正確にはそんな感じだったね」 だめだとは言っていないという意味の返答にそう答えれば、兵助くんのただでさえ目力の強い目に力が入った。 今の答えは間違っていたようだ。そのことはわかるから私は思わず視線をそらす。それから、いつも通りに話せている かどうか、少しだけどきどきする。どきどきしながらも兵助くんがどことなく機嫌が悪い様子なので、もしかして私が来るのを待っていてくれたのだろうかと考える。 そうなんだとしたら悪いことをした。そう思いながらも、うれしいという気持ちと、だけど私だっていろいろ大変だった! という自分勝手な主張が同時に頭に浮かんだ。 私がいつもの時間に現れなかったのは兵助くんにしてみれば予想外の出来事だっただろう。 だけど私だっていろいろと大変だった! のいろいろの部分について頭がまたもや考えようとし始めたので、私は慌てて思考を中断させた。 「...今日はいつもと違うな」 いつもはぺらぺら話すはずの私が何も話さないので、兵助くんはちょっと戸惑った感じで話しかけてきた。 そこで私は頭の中の独り言を切り上げて、鏡の中の兵助くんに視線を返しながら、なんでもないように答えた。別に兵助くんは超能力者ではないので、 心の中を読むことはできないはずだ。だけど何となく後ろめたさみたいなものと、照れくささのようなものが交じり合ってしまい、 私の声は少し強張っていた。 「あ、うん。さっきまで遊びに行ってたから」 態度にばかり気を取られ、何も考えずに答えた言葉に、兵助くんは予想とは違ったものが返ってきたように目を丸くさせた。 そこでそういえばこんなフライングする形で兵助くんにこの姿を見せるわけじゃなかったことを思い出した。 本来なら、いつもはこんな格好をしてるってこの間買ったワンピースを着るつもりだったのだ。こんなよれよれの制服姿じゃなくて...。 その上、髪の毛も自転車をかっ飛ばしてきたせいでぐちゃぐちゃだ。今更とは思いつつも手櫛で髪を整える。 そして、さっきリボンを外してしまったことを後悔した。リボンがあるのと無いのとじゃ全然違う。 今更だけどリボンをつけようか...だけど、それじゃ兵助くんに不審に思われるかも...。 「...さっきまで?」 そうやって私が髪形と服について気にしていると、兵助くんの声が静かに響いた。 髪を梳かしていた手を止めれば、鏡の向こうの兵助くんの様子が変なことに気づいた。その雰囲気にやや気圧されながら頷いた。 「もうこんなに暗いのに出歩いてたのか?」 「え、あ、うん...」 何だか凄みがある声に私の返答は戸惑ったものになってしまった。 「危ないだろ」 最初会った時にも、ここまでの刺々しさは無かった。まるで棘に覆われたように感じる兵助くんの言葉に、私は一気にいけないことをした気になってしまった。 鏡から視線を逸らし、誤魔化すように開けっ放しだったカーテンを閉める。 「う、うん...けど電気とか点いてるから明るいよ」 「それでも危ないだろ。こんな遅くまで出歩くなんて」 今にも説教が始まりそうな雰囲気を本能で感じ取った私は、上空に視線をそらしてからこの場から逃れることができる 理由を思い出した。 「あ! 私お風呂に入らなくちゃいけないからじゃあね!」 「あ、まだ」 兵助くんの制止する声が聞こえたけれど、私は構わずに鏡を机の上に戻した。 再び静寂を取り戻した部屋の中で、私は疲労を感じてため息を吐いた。 両親に怒られることはなかったものの、まさか兵助くんに怒られることになるなんて...思わぬところに伏兵がいた。 (20130525) |