友人達と近くのファミレスで課題を片付けようという話になったので、私は身仕度を整えて出掛けた。
蝉がうるさいほど鳴き、日射しも尋常ではないほど降り注いでいる。夏! という感じの天気に、まだ家を出たばかりだというのに私のテンションは下がった。

「あつっ...」

つい独り言を呟きながら自転車に跨がると、サドルが熱を吸収していて熱かった。
これは一刻も早くファミレスに向かわなくてはいけない、そう思うのに私の足はこの日差しのせいでのろのろとしか動いてくれない。

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ドリンクバーと皆でつまめるようにとポテトを注文し、課題を広げたまではよかったものの、数日会わないだけで溜まってしまった話題を消費するために気付けば三時間ほど使ってしまった。 それがどれだけくだらない話題だと人には言われようが、私達にしてみればとても楽しいものだった。
グラスに入っているメロンソーダで喉を潤すも、すでにぬるくなってしまっていたそれでは、喉に甘ったるいものが張り付いたようになっただけだった。 とても喉を潤すことはできない。汗をかいていたグラスを持った所為でぬれてしまった指をお手拭で拭ってから、次は烏龍茶でも入れてこようかと考える。

「やばい...課題全然進んでないじゃん」

愕然とした様子で、課題を見ながら呟いた友人の言葉に私はすぐさま返した。
「私二問解いたしー!」
「二問じゃ自慢になんないし!」
とか言いながらも二人は私の課題を覗き込んで書き写している。その様子を見ながら、私は両手を組んだ上に顎を乗せて新たな議題を投げかけた。
「まずさ、課題があることが間違ってる」
「それ!!」
「休みなんだから大人しく休ませろ!」
きっとこの話題については代々学生の間で語りつくされただろうと思う。夏休みが...冬休みがくるたびに、学生の口から飽きもせずに出た話題だろうが、この話題は盛り上がってしまうのだ。 気付けばほとんど課題を終わらせることができないまま、夕刻になっていた。
赤い夕陽によって風景が照らされているのを見ながら、時間が経つのは早いと考える。
ポテトとドリンクバーでしつこく粘るという店側にしてみれば迷惑な客である私達はそろそろ帰ろうか、と言う話になって店を出た。
からからと鳴る自転車を押しながら、私は西日が眩しくて目を細めた。

「そういえば幽霊はどうしたの」

突然思い出したように友人が呟いたので、隣を見てみれば興味津々という風な、四つの目がこちらに向けられていた。
散々呪われるだの何だと言って、私の部屋には断固として遊びに来ないくせに興味はあるらしい。 兵助くんが幽霊じゃないことがわかった今となっては、その質問自体がおもしろかったので、思わず口元が緩みながら答えた。

「友達になった!」
「...はっ?」
「...へっ?」

言葉は違ったものの、同じようにぽかんと口を開けて目を丸くしている友人の間抜け面を目にしながら、私はちょうど別れ道にきたことに気づき、 今までは手で押していた自転車に跨った。

「じゃあこっちだから、バイバイ」

文字通り、目が点の状態になった友人にひらひら手を振って別れた。自転車を漕ぎながら考えるのはさっきのことについてだ。 幽霊=私が好きかもしれない人とは、思いもよらないことだろう。もし知ったらあんた悪霊に騙されてる!! とか言いながら聖水とか 十字架とかお酒とか使ってヘイスケくんのこと成仏させそうだ。
必死に鏡に向かって十字架を掲げながらお酒をかけている姿が想像出来て、思わず笑ってしまう。 きっと兵助くんの方は呆れた顔をしているのだと思う。私が塩をかけていたときの再来とか思って。

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「そういえばね、兵助くんのこと友達に話たら…」

挨拶を交わしてから早速今日あった出来事を話そうと思い、嬉々として口を開いたものの、そこまで言ってハッとした。 気になる人として友人達には兵助くんの話をしたのに、この流れだとそこも話さなくてはいけなくなると気付いたからだ。 私が気になる人が幽霊だった(という設定)ということで、友人達が面白い反応をしそうだという話をしようと思ったのだ。 この話の結末に持っていくまでには、私が兵助くんのことを気になっているという事実を話す必要がある。
当然、こんな話を本人に話すつもりはない。
だけど気付くのが遅かった。すでに私は前置きを口にしてしまったのだ。
兵助くんの意識は、当然私に向けられていた。鏡の中からの視線に耐えきれず視線が宙を舞う。

「…えーと、」

とりあえずその場かぎりの言葉で場を繋ごうとするも、話を反らす話題が焦って何も出てこない。
だけど、ちらりと横目で確認すれば、兵助くんの真っ直ぐな視線が一心に向けられていることに気づく。 兵助くんは話をするときにじっとこちらを見てくるのだ。それが時にはプレッシャーになるのだけど、今がまさにその状態だ。

「...忘れた」

我慢強く黙ってこちらを見ている兵助くんを誤魔化すために、へらっと笑いながら話した。
だけど、当然兵助くんがそれで納得するわけが無かった。眉間に浅く皺を作り、怪訝な表情を浮かべている。 その目は、私が嘘をついていることまで見破っているかのようだ。

「忘れた?」
「...忘れた」

神妙な顔を作って頷いてみるものの、鏡の中からの視線に耐え切れずに、結局視線をそらしてしまった。 ダメだと思っていても、どうしても耐えることが出来なかった。
きっと嘘を言っていることは伝わってしまっただろう。兵助くんはそれ以上尋ねてくることはなかったものの、どことなく雰囲気がおかしくなってしまった。 それが自分の所為であることは百も承知なので、この雰囲気を変えるのはもちろん私の役目だろう。
まあ、こんなことを考えているのは私だけかもしれないけど...。妙な責任感の元、私は話題を変えることにした。

「そういえば私は今夏休みなんだけど、兵助くんも?」

何事も無かったかのように突然の話題を変えるという荒業を行うと、少々の間をおいてから兵助くんは答えてくれた。 私の考えを汲み取ってくれたのかもしれないし、偶然かもしれない。兵助くんのことがちょっとはわかるようになったとは言っても、やっぱりまだまだわからないことが多い。

「いや、もう終わった」
「え! もう終わったの?!」

想像していなかった返答に、つい驚きすぎて声を上げてしまう。だけどそれがよかったのか、さっきまでの雰囲気は一掃された。 私の(わざとじゃないけど)オーバーなリアクションに、兵助くんはちょっとだけ口元の力を緩めた。

「早すぎじゃない? 私が夏休みに入ったのこの間だよ」
「遅いな」

兵助くんと私の感覚が根本から違うので、もちろん反応は全く違ったものになった。
兵助くんがどんな学校に通っているのか知らないので、それが普通と言われてしまえばそうなのだろうけど、やっぱり私の感覚からしたら兵助くんがかわいそうになった。 夏休みがもう終わったなんて......哀れみの感情を抱きながらも、同時に優越感を隠し切ることができない。
兵助くんは夏休みが終わったかもしれないけど、私はまだまだ夏休みがあるんだよ。いいでしょ! という気分だ。
それを察知したらしい兵助くんは私の顔を見て「何その顔」と、面白くなさそうに呟く。

「いや、私はまだまだ夏休みがあるから...いいでしょ!!」
「別に。もうすぐ秋休みだし」
「あ、秋休みだと...?!」

素っ気無い兵助くんの言葉は、私に大きな衝撃を与えた。
秋休み...それは学生にとったら憧れの休みだ。春休みで夏休みときたら秋休みがきそうなものなのに秋という季節はなかったかのようにされて 冬休みになってしまう。
それなのに兵助くんは秋休みがあるというのか...?!
私が衝撃を受けていると、立場が逆転したということを感じたらしい兵助くんは、得意げにちょっと口角を上げた。なんて憎たらしい顔だ!

「夏休みより秋休みの方が長いしな」
「え?! そうなの?」
「うん」

私が再び驚いたリアクションをすると、兵助くんは今度は意外そうに頷く。自分の普通と私の普通が食い違ったのが意外だったらしい。 けどそれは私も同じだ。夏休みが一番長い休みと言う常識が覆されたのだ。カルチャーショックってやつだ。

「秋の方が農家とかは忙しいから秋休みの方が長いんだ」
「へー」

せっかく説明してもらったものの、あまり身近な話ではないのでいまいち具体的にどういうことかわからずにいると「秋は米が出来るからその収穫」という丁寧な解説をもらった。

「へー!」

今度の相槌はきちんと理解した上での”そうなんだ!”という気持ちを込めての相槌だった。
だけどやっぱり、米の収穫というところがあまりしっくりこない。お米の収穫をするための休みというところからして、私の常識には無い。 兵助くんと私が見ている世界というのは、ずいぶんと違っていることを改めて確認する。だけどそれが嫌だとは思わない。 共感するということがすべてではないと思う。兵助くんとの場合は、お互いの相違点を比べたりするのが楽しい。 私は兵助くんのいる世界に興味があるし、きっと兵助くんも私がいる世界に興味がある。
兵助くんのバックグラウンドだから、というのも大きな理由かもしれない。咄嗟にそんなことを考えて、深追いするのはやめた。

「兵助くんもお米の収穫手伝うの?」
「いや、うちは農家じゃないから」
「そっか」

少しずつ兵助くんの周りを知ることができている。まだ兵助くんについて知りたいことはたくさんあるけど、それでも徐々に 自分を出してくれているということが私にはすごく嬉しかった。全部を知りたいなんて傲慢なことは望まないけど、ちょっとでも兵助くんを知りたい。







(20131117)