楽しみにしていた兵助くんと見た花火は、私に気持ちを自覚させた。
結果としてそれが良かったのかどうか、私にはそれを判断することができなかった。
まあ、私が兵助くんへの気持ちを自覚しても、兵助くんにとっては何も関係がないことだ。つまり、今日も私はいつも通り兵助くんと会う。 普段どおり...普段どおり...私は自分に言い聞かせながら鏡に触れた。
兵助くんから見てみれば、昨日と私の今日の私には違いなど見出すことができないだろう。精々服が変わったとかそういう問題だけだ。 だから私としてもいつも通りの振る舞いをする必要がある。意識しまくっていれば、たちまち私の気持ちがばれてしまう可能性があるのだ。 そうなれば密なような関係でありながら、実際はすぐに連絡を途絶えることが出来る希薄な関係である私たちの関係は破綻してしまうことになるのだと思う。 わからないけど、兵助くんが一瞬でも嫌だと思ってしまえばそれで終わってしまう関係なのだ。 だからこそ、私は慎重にいつも通りを心がける必要がある。そう思っていた私に、だけど兵助くんはしょっぱなからイレギュラーな行動を取った。

「話したいことがあるんだ」

やけに深刻な表情をしている兵助くんに、私の心臓はひやりとした。
後ろめたいことがあるので、そこを指摘されてしまうのかもしれない、という考えが頭をよぎった
だけど私が感じた焦りには気づかなかった様子の兵助くんは、そのまま黙り込んでしまった。 その様子から、何となく私の予感は外れたのだと想像できた。そうすると、こんな状況なのにホッと息が零れた。

「...俺が通ってる学校のことなんだけど」
「うん」

束の間の沈黙の後、兵助くんがようやく口火を切った。その言葉の調子から、次にどういう言葉を続ければいいのか迷っているのは感じる。 兵助くんの口からなんて言葉が出てくるのか、とても興味がある。だけどそれを急かすことはいけないことだと思い、口をつぐんだままでいた。 多分今は頭の中で口に出す言葉を選別しているときなのだ。

「忍者になるための学校なんだ」

たっぷりの間を取ってから口を開いた兵助くんの言葉は、私が想像していなかったものだった。
忍者の学校と言われてもぜんぜんピンと来るものがない。「そうなんだー」とか「へー」とかで流すことが出来るものではない。 私が何て答えればいいのか迷っていると、まるで私がどんな反応を返すのか伺うような兵助くんの視線に気づいた。 その瞳がいつもとは違い、不安そうに揺れていることに気づいた私は慌てて言葉を返した。

「忍者と言うとアレだね。ニンニン!とか言うやつだね!」

慌てたからということでもないと思うけど、私ではこんな返しが精一杯だった。
鏡を持っている所為で両手の人差し指を立てて、手をその上に重ねるという”ニンニン”のポーズと同時に行うポーズを作ることができないが、それでも片手だけ人差し指を立てる私を見て、 兵助くんはちょっとびっくりしたように目を丸くしていた。

「...」
「...」

沈黙が痛い。兵助くんはさぞや何て馬鹿なんだろうと思っていることだろう。
なおさら馬鹿のように見せてしまっているであろう、人差し指を立てた右手を私は静かに下ろした。 居た堪れない気分になって視線をうろうろさせていると、小さく笑う声が聞こえた。それが兵助くんのものであると気づくのに少しだけ時間がかかった。 鏡の中の兵助くんは俯いて喉のところでくつくつと笑っている。

「え、ほんとにニンニンって言うの?」
「いや、何それ」

動揺するまま肩を揺らしている兵助くんに話しかけると、きょとんと返された。
え、じゃあ何でそんなにうけてんの? という私の心の中の疑問については、兵助くんは口角を上げたまま答えてくれた。

「なんでだろうな」

きっとそんなことを言いながらも兵助くんは今もなお釣りあがったままの口角の意味をわかっている。
私はさっぱりわからないままだった。きっと兵助くんは私もとんでもない馬鹿だと思ってそうだな、とかそういうことは思った。 それから兵助くんとは忍者についての話をした。と言っても、私が忍者って分身出来るの? と聞いて、兵助くんが否定するばっかりだった。 私の抱いている忍者のイメージを兵助くんは一つ一つ潰してくれた結果、忍者は実は意外に地味なことが判明した。 兵助くんに言わせれば「そんな化け物染みたこと出来るわけない」らしい。けど私の今まで見てきた忍者は分身したり、 水を地面から噴き上げさせたり、口から火を吹いたりするものばかりだ。
だけど実際には違うということがわかり、私は少し夢を潰されたような気分になってしまった。

「そっかー...忍者って実は結構地味なんだね」
「忍者は地味なものだ」

私のがっかりしている心情が滲んでいる声音に、兵助くんは毅然と答える。

「俺としては、何で忍者がそんな化け物みたいことが出来ると思われてるのかと言うことの方が不思議だ」

それはまあアニメとかの影響が大いに関係しているから、ということは兵助くんに言っても通じないので、曖昧に笑って会話を終わらせた。

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今まで頑なに隠していたはずのことを兵助くんが話してくれたという事実に、私は口角がつり上げるのをとめることができなかった。 どういう心境の変化かはわからないけど、隠していたことを話そうと思ってくれたのだ。 これは、少なからず私に心を開いてくれているということになるのではないだろうか。
私にとっても変化をもたらしたあの日の花火は、兵助くんにも変化をもたらしたのかもしれない。
勘違いしてはいけないのだけど、少しだけ、ほんの少しだけ思いが報われたような気持ちになる。
そして、少しずつ兵助くんとの距離が確かに縮まってきているのを感じて嬉しかった。
勝手ににやにやしてしまう表情筋を押さえ込もうとするものの、誰も見ていないんだし、と思いなおして思い切りにやにやしておくことにした。







(20140426)