夢を見た。

木がたくさんあって、コンクリートや建物なんか全然見えない森のようなところに私は立っていた。
微風というくらいのささやかな風が時折木々の葉を揺らしていくので、葉のこすれ合う音が聞こえる。 だけどそれ以外に音が聞こえることは無かった。森といえば、虫や動物が居るはずなのに...いやに静かで、生き物の気配を感じない。 青白く光る、丸と言うには少しかけている月の光が余計にこの雰囲気を不気味に感じさせた。 私が落ち着かない気持ちで、きょろきょろと辺りを見回してみると何かが動いているのを感じた。 風で揺れたにしては不自然な音を奏でる落ち葉や葉の音に、何かがいるのだと確信する。
別に私は気配を読むのに聡いというわけでは全然ないのだけど、この雰囲気の所為でか、感覚が研ぎ澄まされているようだった。 だから、そんな不自然に気づくことができた。
じっと息を潜ませて音が聞こえるほうを観察する。私が居る、少しだけ開けた原っぱから続いている鬱蒼と木が生い茂っている奥のほうから音が聞こえた。 その音が徐々に近づいていてきたことによって、何かがこちらに向かってきているのだと予想できた。 だけど私は普段なら考えるはずの”隠れる”という選択肢を不思議と実行する気にはれなかった。ただそちらをじっと見ているだけだった。 そうして、瞳で動く何かを捕らえて驚愕した。私が驚いている間にも、距離が縮まっていく。

――兵助くん!

自分では声に出したつもりだったが、実際には音となって耳に届くことがなかった。確かに声を発したつもりでいたのに...私が混乱している間にも 兵助くんは私に気づくことなく走って目の前を通り過ぎていった。兵助くんが起こした風が髪を揺らしたように感じたそのとき、もう一つの影が目の前を通っていった。 慌てて目玉を動かしてみれば、誰かが兵助くんを追いかけているのがわかった。
追いつかれる! そう思ったときに兵助くんがその場で足を止め、振り向きざまに手に持ったきらりと光る何かを振った。 キンッ! と響いた金属音の正体が月の光の下で露になり、それが刃物だとわかった。包丁とは形が違い、細長いそれはパンを切るのに使うものに似ていた。だが、長さが短い。
所謂小刀というものだと、この状況にどこか冷静な頭が答えを導き出した。
兵助くんが小刀を相手に向かって振っている。それを相手も同じような小刀で応戦している。
私が状況を把握している間にも、キンッ! という金属音が何度も響く。
私はただその光景を見ていただけだった。何かをしなくてはいけない、兵助くんを助けないと...そう焦る気持ちはあるのに足は動かないし、声も出なかった。 なす術も無く、ただ歯噛みしているだけでしか出来ない状況を過ごしているとき、目の端できらりと何かが光ったのを捕らえた。 今まで兵助くんに釘付けになっていた視線をそちらに向ければ、森の中では不自然なほど光を放っている。
そして、それが何であるのか理解する前にその光は兵助くんに向かって飛んできた。ヒュンッ、とわずかに風を切る音が聞こえた。    危ない! それが何なのか明確な答えはわかっていなかったけれど、反射的に何か危険なものという判断をした私は、兵助くんに向かって声を上げたのに、兵助くんには私の声が聞こえていないようだったし、 実際に自分自身でも声を拾い上げることはできなかった。役に立たない喉を片手で抑えながら、私は気づけば走り出していた。 さっきまでは足が地面に縫いとめられたように動かなかったのに、不思議と今度は動いた。
目の前では兵助くんと誰かが刀を使って攻防を繰り返している。相変わらず私の存在に気づいている人は居ない。 兵助くんに向かって手を伸ばした私の視界に、先ほどの光るものが入り込んだのが見え、私は反射的に音にならない悲鳴のようなものを息を吸い込みながら上げていた。 恐怖が瞬く間に胸の中に広がり、頭から氷水を浴びせられたかのようなぞわりとした感覚に私は目を瞑った。

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「...っ!!」

目を開くと目の前には見慣れた天井があった。体を起こして首を動かして辺りを見てみるも、見慣れた自分の部屋だった。 カーテンの内側はまるで発光しているように光っていて、今日も快晴であると知らせてくる。 いつも通りの朝であるはずなのに、私は荒く呼吸を繰り返していた。
あまりにもリアルな夢に、心臓は早鐘を打っている。
さっきのは本当に夢だったのだろうか。そんなことを考えながら声を出してみた。

「...あー」

寝起きのため普段よりも低くはあるけれど、声はちゃんと出た。そのことに安心はしつつも、最後に目にした光景を思い出して血の気が引いた。 あの光っていたものの正体は弓矢だった。先に鋭く削られた金属の塊がついていた。明らかに人を傷つける目的で射られたものだった。 そして、あの軌道なら確実に兵助くんの体を貫いていた。
まぶたに焼きついてしまったかのように、目を瞑るとそのときの光景をありありと思い出すことができた。 体がどうしても小刻みに震える。クーラーのタイマーはとっくに切れているので、部屋の中は真夏の暑さを感じることができるというのに寒気を感じた。

「...あれは夢だ」

呟いた言葉は自分に言い聞かせているようだった。







(20140831)