っ...!」

何かが聞こえる。
遠くのほうで馴染みのある声が聞こえたような気がして起きなくちゃいけないと思った。



ッ!!」

兵助くんの声が聞こえてどこかにいってしまっていた意識が戻ったときには、地面に倒れていた。
息を吸い込むことが出来なくて、体が酸素を欲して痙攣した。喉がひきつって、妙な音を立てて震える。 そうすると一気に空気が肺に入り、咳き込んだ。

「げほっ! ぐっ...ごほっ」

突然入り込んできた空気に対処することができなかったように拒否反応を起こすような体に、私は地面に横たわったまま体を丸めて衝撃を和らげようとした。 そうしてひとしきり咳き込んで、涙が滲む視界に誰かがいることにようやく気づき、体が強張った。

、...よかった......」

声が聞こえてようやくそれが誰なのか理解できた。

「私、不死身...?」

ところどころ咳き込みながら呟いたのでさぞ聞き取りづらかっただろうけど、兵助くんはきちんと理解してくれた。 ふっ、と笑うように息を吐き出す声が聞こえて「そんなわけない」という否定する言葉が聞こえた。

「鏡だ。矢が鏡に当たって、それで大丈夫だったんだ」
「鏡...?」

言葉を反芻しながら目に浮かんだ涙を指で払うと、月の光を反射して目の前に鏡面がばらばらに砕けているのが見えた。
そうして兵助くんに手渡されたのは、見覚えがある過ぎる鏡だった。黒地に赤い花が三輪描かれている鏡は、間違いなく私のものだ。 だけど記憶している姿とは全然違うものになっている。今や鏡面はほどんどが剥がれてしまっていた。
兵助くんと繋がることが出来る唯一のツール。その鏡面はひび割れ、私の知っている姿ではなくなっていた。 これのおかげで助かることができたというのに、私はショックを隠し切ることが出来なかった。じゃあ、自分の胸に矢が刺さればよかったのかといえば頷くことは到底出来ないが、 大きな喪失感に私の胸は痛みを覚えた。

「聞きたいことはいろいろあるが...とりあえず立てるか?」

目に浮かんだ涙をぐいっと袖で拭って、私はまだ調子が戻らないのを感じながらも足に力を入れた。 目の前に差し出されている手を取ることに少し躊躇していると、葉をが揺れるような音が鼓膜を打った。途端、兵助くんが素早く何かを構えた。 その身のこなしが普通じゃないことから、今更兵助くんが忍者だということが理解できた。 別に疑っていたわけじゃないし、さっきもそういう忍者っぽい場面を見たばかりなんだけど、今のなんとなしの動きで理解できた。 思わず息を飲んで兵助くん越しに音の聞こえた先を見つめるも、そこからはそれ以上気配を感じることはなかった。
だけど兵助くんは警戒心を解くことなく、そちらを見つめたまま口早に言葉を発した。

「早く行こう」

声が鋭く張り詰めていたことからも、速やかにここから立ち去らないといけない状況であるということは理解できた。 まだ胸が痛むような感じがしたが、足に力を入れて立ち上がる。
手に持っている鏡はハーフパンツの後ろポケットに突っ込んだ。本当は一枚一枚落ちている鏡ももって行きたいところだったけど、 悠長にそんなことをしている場合ではないとわかっていたので、それは出来なかった。

「真っ直ぐ進んでくれ」

兵助くんの言葉に頷いてから私は足を進めた。
兵助くんは相変わらず右手に何かを構えたままだった。月の光は反射しないものの、それが鞘に収められた短刀であることはシルエットから予想できた。

それからは無言で、ひたすら足だけを動かし続けた。
夜に森の中を歩くなんてことを経験したことが無いので、どうしても兵助くんの足を引っ張ってしまうことになってしまったけれど、 兵助くんは背後から追っ手が来ないのかどうかを確認しながらも私が歩くサポートをしてくれた。 息が上がる私とは違い、兵助くんの息は上がることが無く、足取りもとても軽やかで普段から鍛えていることが想像できた。 舗装されていない森の中を歩くのは慣れていないことに加え、裸足だったこともあって歩くのはとてもきつかったが、それでもこの後のことを考えるとがんばろうという気になった。 この後兵助くんとどういう話をするのか、そう考えると楽しみなのに、頭に浮かんだ鏡の姿のことを思うと、胸に傷みも覚えた。







(20141228)