行き着いた先は学園から一番近い町だった。人々で溢れ、活気に満ちた町を目にしてはここが目的地なのだろうか、と 隣に居る三郎の顔を見上げてみた。だが三郎はの視線の問いかけには応じず、行くぞ。とだけ呟き、人の波の中にへと 足を進めていった。逃亡は失敗した上に、もうここまで来てしまったのだ。は大人しく抵抗するのを諦め、三郎の後を追いかけた。



まず最初に三郎が入ったのは、年頃の女の子達が好きであろう小物を売っている店だった。
躊躇する様子もなく三郎が暖簾を潜り中に入ったので、も後について小物屋に入った。
途端、目に飛び込んできたのは色もとりどりの 髪飾りに、髪紐に、財布に、巾着袋......たくさんの可愛らしい小物たちだった。
とて年頃の女の子だ。それらの小物に目を輝かせながら目を引く物を手にとり、眺めた。頭の中には三郎の事など微塵も 浮かばず、ただただ自分好みの小物だけを見つめ、胸を躍らせた。

「...そういうのが好みか」

うっとりと小物しか目に入らなかったの耳に反射的に背筋が凍ってしまうような声が聞こえた。
「ぎゃっ!」声を上げて飛び上がったに三郎は面白くなさそうに眉根を寄せた。
結局、小物屋で三郎は何か買うわけでもなく店を出た。

目的の場所は小物屋ではなかったのか?
内心首を傾げると三郎が次に入ったのは、本屋だった。
だが、そこでも三郎は手ぶらで店を出た。店内で「見てみろ、夜中に出歩くとこんな恐ろしい妖怪が居るんだぞ」と言う 脅し文句と一緒に、その恐ろしい妖怪について耳元で朗読され、は今夜一人で厠に行けるか分からない。と内心半泣き で本屋を後にした三郎の背中を追いかけた。
次に入ったのは骨董屋だ。茶鼠色の茶碗を手に取り、眺める三郎を見ながらは随分としぶい趣味だと考えた。 それともこれは学園長のおつかいとかだったのだろうか。まだ、骨董集めが三郎の趣味と考えるより、そっちの方が納得がいく。 それに三郎は骨董を眺めて喜ぶというよりその骨董を使い、どう他人を驚かせようか、考える方が"らしい"。
そこまで考えて 知りたくも無いのに鉢屋三郎の性格を把握してしまっている自分には眉を寄せ、ため息をついた。と、三郎が手に持っていた 茶碗を元に戻し店を出た。おつかいじゃなかったのだろうか、首を傾げつつも後を追い店を出た。

結局、未だには三郎と一緒に町の中を今現在も歩き回っている状況についての説明を受けていなかった。
そろそろ目的を教えてくれてもいいじゃないか。口をついて出そうになる不満に、慣れない格好で動き難い事もあり、 その上に連れであるはずの三郎は自分の事を振り返りもしない、色々なことが重なりの心に重く圧し掛かった。 なんだか惨めな気持ちになりは三郎の背中を見つめていた視線を地面に落とした。
きれいな格好をしているが、嬉しいとは思わない。窮屈に感じてしょうがない。

「他にどこか行きたいところあるか」

突然聞こえた声に驚き顔を上げれば前を歩き、背中しか見えなかったはずの三郎が隣に立っていた。視線はを向いてはおらず 明後日のほうを向いているが、それでもその問いかけはにされたものだとは理解できる。
は迷わずに自分が今行きたいところを大きな声で告げた。

「お茶屋さんで休憩したいです!!」

いつになくはきはきとした物言いのに若干気圧されながら三郎は頷いた。




串に刺さった団子を右手に持ち、左手にはお茶の入った湯呑みを持ちはご機嫌だった。
さっきまでの憂鬱な気持ちもどこかに消し飛んでしまうのだから甘いものは偉大だとは考えた。(その考えを隣に座っている 三郎が聞くことが出来たのならすぐさま、お前が単純なだけだろう! と格好のからかいの対象になった事だろう。)
これで隣に居るのが鉢屋三郎でなかったのなら最高だったのだが...なんて考えながらは隣に座る三郎を盗み見た。
だが、盗み見る事は叶わず三郎はの視線にいち早く気づき、自分より低い位置にあるを見下ろした。
目が合ってしまった! と慌てるを他所に三郎が口を開く。

「うまいか?」

想像していた言葉と違いは驚いた。それから早く答えねば三郎の機嫌を損ねてしまうかもしれないと考え、こくこくと首 がもげんばかりに強く頷けば三郎が満足そうに小さく笑んだ。
それを目に映し込んだは驚きのあまり大事に食べていた団子を落とす事になった。





鉢屋三郎もあんな顔出来るのか...。