03 事勿れ主義と言うやつ





私は争いだとかいがみ合いは苦手だ。なので久々知先輩のことは苦手だが、一応その事実を隠そうとは努力している。 だが、この間のは流石にまずかったかもしれない...。

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あの日授業も終わり、さぁなにをしよう。とるんるん気分で目的も無く歩いていたのが悪かったのか運悪く土井先生に声を掛けられた。 それまではいい。全然。むしろ土井先生に声を掛けられてるんるん気分に拍車がかかった。土井先生好きだし。 今日はついてるかも、とまで思ったのだ...その時は。

「悪いんだがちょっと頼まれてくれないか?」

申し訳なさそうに言う土井先生の頼みごとが何かは分からなかったが、頼られたのに断るわけもない。むしろ、先生に 頼まれごとをされたのが嬉しかった私は胸を張って答えた。

「いいですよ!」

でも次の瞬間こう答えたことを激しく後悔することになった。
土井先生はホッとしたように表情を緩めて言った。

「久々知兵助に私が探していたと伝えてもらいたいんだ」
「...え」
「火薬委員のことでちょっと話があって...多分兵助も授業が終わった頃だと思うから」
「...」
「...?」

反応しない...(いや、反応できないが正しいのだけど)私に土井先生は不思議そうな顔をした。
ひらひらと手を私の前で揺らす土井先生に力なく笑い返すと、先生は怪訝に眉を寄せたがそれを無視して私は 「分かりました」とだけ答えた。今更断るなんて出来ないし、もし断っても土井先生に私と久々知先輩の間に何か あったのかもしれないなんて思われたくない。仮に土井先生が鈍くて、そこに気付かなくても一度断ったのに無責任 な奴だなんて不名誉な評価は頂きたくない。
「本当に悪いな」と残し、土井先生は一年は組の子に引っ張られて去っていった。
これで心おきなく顔を崩せると、私は無理やり笑みの形に作っていた表情筋の力を緩めた。はぁ、と盛大に ため息を吐いてからとぼとぼと歩き出すことにした。

何でよりにもよって久々知先輩...私がもっとも苦手としている先輩なんだ。
苦手の理由については初めて会ったときの 第一印象が最悪だったというのもある。というかそれが大部分を占めている。だが、他にも苦手な所がある。 あの大きな目でじっと見られるのが苦手だ。人と話をする時はその人と目を合わせて話しなさいとは言うけれど... 久々知先輩の場合はその場面以外にも適用されるらしい。というのも、話をしていない時にも見られている気がするのだ。
尾浜先輩とかと話をしていても久々知先輩は会話に入ってこないでじっと私を見ている、なんて展開はよくある。 あまりにも凝視されるので、尾浜先輩との会話には集中できないし変な汗まで出てきてしまう。 それに何より落ち着かなくなる。心臓が不規則に動き出すような...そわそわと体の中のものが動き出す妙な感じがするのだ。 私の気のせいで自意識過剰なだけなんじゃないかとは思うけれど勘繰ってしまわずにはいられない。
町に行った時、人込みの中ほんの一瞬の視線が交わる瞬間だとか。廊下ですれ違ったりする時には絶対に目が合う ような気がしてならない。
とにかく久々知先輩と会うといつだって私のことを凝視しているような気がしてならない。
何故見られているのか分からない。だからこそ苦手というのもあるのかもしれない。
他のいつも一緒に居る尾浜先輩に不破先輩、鉢屋先輩、竹谷先輩とは普通に接することが出来るというのに久々知先輩だけは無理だ。 憂鬱な気分で足を進めながら願う。
どうか尾浜先輩と一緒に久々知先輩がいますように...!
久々知先輩と一対一で話し合うなんて状況は出来るなら避けたいものだ。
だが、またしても私は土井先生からの伝言を引き受けた事を激しく後悔することになった。


五年生の集団が帰って来ているのを見つけて、私はその中に探し人がいるだろうとあたりをつけて駆け寄った。だが 予想に反して久々知先輩の姿は見つけられなかった。まだ帰って来ていないのだろうか? 門のところに居た小松田さん に久々知先輩の行方について尋ねてみると「帰って来てたよ〜」とのことで私は眉を寄せた。
...もう長屋に帰ったとか? とりあえず学園内を一周してみよう。出来るなら長屋には行きたくないのでそれは最後 までとっておこうと考える。忍たまばかりのところにくのたまの桃色が居たら嫌でも目立ってしまう。
足を進めながら久々知先輩の姿を探して首をきょろきょろと動かし続ける。内心、なんでわざわざ会いたくない人を 探さなきゃいけないんだ...。と文句を言いつつ。
医務室の傍を通った時だった。視界の隅に人の形がちらついたような気がしてそちらに視線をやると私が苦手意識を持っている、 探し人の姿があった。思わず口から間抜けな声を漏らしながらも、相手の視線が動いたのが分かって咄嗟に 首を捻った。努めて普通に接しようとしたが、どうしても久々知先輩と視線を合わすことが出来なかった。
横顔にあの視線がちくちく突き刺さっているのが分かった。脈が不規則な運動を始めたのを感じて、まただと思った。 用件だけを伝え、その場から私は一目散に逃げ出した。
ここまで来れば大丈夫だろうというところで足を止めた。こんな距離、実習の時に比べれば楽々なはずなのに何故か 私は空気を求めて大きく息を吸い込んだ。顔が熱い。
...だから嫌だったんだ。
まださっきまで余韻を引きずって落ち着かない心地に私はイライラと唇を噛んだ。


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一瞬だけ視界に捉えた久々知先輩の姿が思い浮かんだ。あの驚いたような顔が忘れられない。思えば久々知先輩と二人 という状況は初めてだったかもしれない。
きっとばれたんだろうな、私が久々知先輩に対して抱いている苦手意識を。
あんなにあからさまだったのだ、気付かない方がおかしい。それを知って久々知先輩はどう思っただろうか。






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(20110515)