04 しゃくとりむしについての言い伝え
「全部しゃくとりむしのせいだ...!!」
歯を食いしばると歯と歯が擦れてぎりりと嫌な音が鳴った。 こんなことになったのもあの日しゃくとりむしがの頭の上なんかに乗っていたからだ。全ての元凶がしゃくとり むしの気がしてならない。俺は自分の非には目を瞑り、あの緑色の物体の姿を思い浮かべた。 「兵助...しゃくとりむしは緑色の物体なんかじゃない! ガの幼虫なんだ!」 隣でハチがなんか言っているが無視した。 . . あの日、俺が何も言わずにの頭の上に居たしゃくとりむしを払い落としたのには訳がある。あの場に居た全員は 最初俺が唐突にの頭を叩いたと思ったのだろうが、そうじゃない。 泣くを送って帰って来た四人に俺はまるで犯罪を犯した重罪人のような扱いを受け、部屋に連行された。 頭にの泣き顔がこびりついていた俺は深く反省し、大人しく四人の尋問を受ける事にした。 「で? なんであんなことしたんだ?」 三郎の容赦ない一言から尋問は始まった。他の三人は真剣な面持ちで...だが威圧的な視線で俺の口から出る言葉を待っていた。 俺はちらちらと頭に浮かぶの泣き顔を思い出し、胸の痛みを感じていたがそれを誤魔化して口を開いた。 「...しゃくとりむしが居たんだ」 「...はぁ?」 四人分の声がぴったりと合わさった。四人は訳が分からないと言いたげに眉根を寄せて俺を見ている。 どうやら“あの噂”について知らないようだ。そうでなければこんな顔をせずに直ちに俺の言った言葉の意味を 汲み取れるはずだ。四人が“あの噂”を知らないことに驚いていると、四人を代表するようにしてハチが手を上げながら 喋り始めた。 「兵助が言いたいことは分かるけど...だからって黙って初対面の女の子を叩く理由にはならないんじゃねぇか?」 すかさず三郎の「そうだそうだー」と言う野次が飛んできた。 それを雷蔵が「静粛に!」と一括して三郎を黙らせた。 確かにあのしゃくとりむしに関する恐ろしい噂を知らなければそう思うだろう。だが俺はその噂を知っているのだ。 だから即座に払い落とさなくてはいけないと、使命感が先走ってしまいああいう行動に出てしまったのだ。 「...しゃくとりむしは恐ろしい生き物なんだ」 真面目な顔をして神妙に呟いてみせれば部屋の空気がガラっと変わった。四人全員が真剣な表情になり、俺を見ている。 「この噂を知らないからハチがそう思うのも無理はない」 首を振ってしょうがないと言うと、早く言えといわんばかりに三郎が眉間に深く皺を寄せた。すぅっと息を吸い込んで 俺は口を開いた 「...全身の長さをしゃくとりむしに測り切られると死ぬんだ」
「...マジで...?」 「あぁ」 「...んなわけあるかー!!」 驚愕した様子でハチが尋ねた言葉に頷いてやると何故か三郎が声を荒げて畳みを叩いた。 「畳みが痛いって言ってる! やめたげて!」 「うるさい勘右衛門! 畳みは気持ちいって言ってる!」 「三郎...畳みは喋らない...」 「...兵助に言われたらものすごい腹立つ!」 「まぁまぁ三郎どうどう。えーと、それで兵助はしゃくとりむしを叩き落したの?」 「そうだ。一刻も早く落とさないともしかしたら後一歩でしゃくとりむしはあの子を測りきるかもしれないからな...!」 「兵助は正しい」 ハチの同意を得て俺はそうだろう、と頷いて見せた。俺は正しい事をしたのだ。確かにやり方は悪かったかもしれないが、 間違ったことをしたどころか、もしかしたら命を救ったかもしれないのだ。後一歩しゃくとりむしが足を進めていたら あの子の体を一周していたかもしれない。あんなに小さいんだ、歩くのが遅いしゃくとりむしだって頑張れば半刻であの子を測りきる ことができるだろう。 だが、事の重大さをよく理解していないのか勘右衛門は困ったような表情を浮かべて腕を組んだ。 「謝りに行く時にそれは言わない方がいいかもなぁ」 勘右衛門の言葉にどういうことだと首を傾げるも、ハチと俺以外の三郎と雷蔵は同意するように頷いた。 「なんで?」 「なんでってそりゃあ...(変な人だと思われちゃうかも...)」 勘右衛門が言いにくそうに言葉を途中で途切れさせた。その先を促すように見つめると「兵助のためだと思う」と 言われた。 しょうがなく俺はに“頭に虫がついてたから払ったんだ。叩こうと思ったわけじゃ決してない”と伝え、謝った。 は腑に落ちないような顔をしたが「ありがとうございました...?」と疑問系なのは気になるところだが礼を言い それでこの話は終わったのだと思っていた。 . . 「それにしても...兵助にしては珍しいね。あんまり人にどう評価されようが気にしてないのに。いつもは」 最後に付け足された言葉が強調されているような気がしたのは気のせいだろうか...。勘右衛門は団子を咀嚼しながら 対して興味がなさそうにハチのしゃくとりむし講座を聞いている。ちらっとこちらに視線を寄越したかと思うともう一本 の団子に手を伸ばす。 「別にそういうつもりはない。ただ嫌われてるのがいやなだけだ」 「いや? どうして? それこそ兵助気にして無いじゃん」 「気にしてる。......ちょっとは」 確かに勘右衛門に指摘された性質が自分にあることは知っているので負け惜しみのように後に小さく付け足した。 ハチはさっきまでしゃくとりむしについて語っていた口を閉ざして、少し不安そうな顔をして俺と勘右衛門の顔を 交互に見ている。それを勘右衛門は無視することにしたのか右手にもった団子の串を振りながら考えるように視線を 天井付近にやった。 「ちょっと、ね。けどさんに関してはすごく気にしてるよ。それってどういうこと?」 「どういうことも...なんか嫌だから」 「どうしてそう感じるの?」 「勘右衛門...何が言いたいんだ?」 遠回りに遠回りに...確信を触れそうで触れないもやもやとした会話に知らず苛立っていた。感情的にならないように と抑えた声音は低かった。それに眉を寄せてハチが俺に視線で訴えかけてきている。だが俺が言葉を発した相手である 勘右衛門はどこ吹く風でのんびりと団子を口に運んだ。 「ん? 俺はただ兵助はさんに特別な感情を持ってるんじゃないかなーって思っただけー」 ずずっ...勘右衛門がお茶を啜る音がいやに大きく部屋の中に響いた。 「特別な感情...?」 「そう。さんは兵助にとって特別なんじゃないかなって」 思ったわけ。ずずっ... 何度も頭の中で勘右衛門の言葉が繰り返し響いて、スッと胸に溶け込むように納得した。今までの不可解な点と点の 一つずつが全て繋がったようだった。勘右衛門の言葉一つで長年胸にあった不可解なものが何であったのか理解できた。 分かってみればすごく簡単で単純なものだ。四人が否定したようにしゃくとりむしの呪いなんかでは無かったんだ。 ハチがはらはらしながらこっちを見ている。勘右衛門は最後の一口の団子を食べ終えたところだった。 「俺...に会いに行って全部話してくる」 「...全部って?!」 「全部は全部だ」 「あっ、おい! 兵助」 ハチの呼び止める声が後ろから聞こえたが俺は振り返らなかった、ここで時間を置いたら勢いがなくなって会いに行けなく なってしまいそうだった。今すぐに会って誤解を解いて...それで、それで......ちゃんと誤解は解けるだろうか。 . . . 瞼の裏に焼きついてずっと離れないの姿には一度だって正面からの笑顔が無かった。 それはが俺に向かけて笑いかけた事が一度だって無いからだ。 一目見てもその後姿が誰のものなのか分かる。見つけた探し人に一度肺いっぱいに空気を吸い込んで叫んだ。 「っ!」 →05 (20110618) |