#革命まで?日


眠い。
さっきの時間はお経のように教科書を読む先生の授業だったので、これ以上無いというほどの眠気に襲われていた私の 頭はなかなか覚めなかった。ぼんやり椅子に座ったまま、休憩時間を思い思いに過ごすクラスメイト達を眺めていた。 あまりの眠気に立ち上がることさえ放棄した私は、机の上に頬づえをついてただただぼんやりしていた。 そんな時、半目の私の目に飛び込んできたのは田村三木ヱ門の姿だった。
うわ、目があった。
今はちょっと眠いから相手をしたくないなーと思った私は、机に顔を伏せることにした。
これで私は今誰とも話す気がないということが伝わるはず。

「おい」

私は誰とも話す気が無いんです。

「...おい」

だからどっか行け。

「...いい加減にしろ!」
「いてっ!」

頭の天辺を指でぐりぐりされたものだから反射的に顔を上げると、田村が満足げな表情を浮かべていた。
何て憎たらしい顔をしてやがるんだ! 私は頭の天辺を手で撫でながら、気付けば眠気も吹っ飛んで田村に叫んでいた。

「下痢になるじゃん!」
「...おっ、まえ...一応女のくせにそういうことは言うな」
「下痢になるじゃん!」

田村に言うなと言われると何だか言いたくなってしまった私はその欲求に素直に従った。
頭の天辺を押されるとお腹を下すという都市伝説的なことがすぐさま頭に浮かんだのは、自分が日頃友人に行っているからだ。
私の言葉に呆れたような苦い表情を浮かべた田村に、私は胸がすっとした思いだ。
田村を困らせることが出来た! って言う達成感からくるものであるが、待てよ...と考えて、女としては先ほどの 言葉は不味かったかもしれないと思った。田村の言うとおりだったことは癪に障るけど、実際田村が正しかったかもしれない。
私がそんなことを考えている間も、田村はずっと無言だった。

「それで何?」
「...あぁ」

自分からやってきたくせに、鈍い田村の反応に自然と眉が寄った。
何か煮え切らない態度の田村は、私の前の席に当然みたいな顔をして座る。もちろんそこは田村の席じゃない。 鈴木くんの席なわけだけど、鈴木くんは休憩時間になると同時にどこかに行ったので今は空席だ。

「...」
「...」
「何?」
「うるさい! 今言おうとしてるところだ」

相変わらず黙ったままの田村を急かすと、むっつり黙ってたのが嘘みたいに怒鳴り返してきた。
...逆切れだ! なんて野郎だ! こちとら貴重な休憩時間を潰して話を聞いてやろうとしているってのに!

「...出たよ。キレる若者」
「この間の約束覚えてるか」

ちくっと嫌味を言ってやったというのに、田村はまるで私の言葉が全然聞こえなかったみたいにスルーしやがった。

「はあ?!」

無視されたことにより、ついついがらの悪い返事をしてしまった。まあけどこの場合悪いのは全面的に田村だけど。

「この間の約束だ」
「...そんな約束なぞ知らんなぁー?」
「テストの点数を競い合ってお前が5、」
「うわあああ!!」

私の言葉を無視した腹いせをしてやろうとした私の試み(すっとぼけ作戦)は田村の言葉によって潰されてしまった。 誰も聞いていなかった回りをキョロキョロ見回すと、田村が楽しそうに口角を吊り上げた。...とてつもなく憎たらしい顔だ。

私と田村はこの間のテスト期間にどちらの方が総合点が上か競い合うことになったのだ。なんでそんなことになったのかは、 今になったら思い出せないけど、どうせいつもの口喧嘩からそういうことになったのだろう。
今思ったら思い出すことも出来ない原因なのに、その時には頭に血が上ってしまうのだ。
私と田村は比較的頭に血が上りやすいこともあり、そんなことはしょっちゅうある。だから余計に覚えていないのだろう。 私は勝負事ということで田村に負けたくなかったこともあり、いつもよりテスト勉強をがんばったのだけど、総合点で53点の差をつけられてしまった。下手したら一教科の点数だ。
どうやら私以上に頑張ったらしい田村は、目の下に濃い隈を作りながら「僕の勝ちだな!」と、勝ち誇った様子で言ったのだ。
田村に勝って鼻で笑ってやるという私の計画は儚くも散った。
53点も差をつけられるなんて泡沫の夢だった...。
そして私が背負わされたものは“負けた方は勝った方の言うことを何でも一つ聞く”という重荷だった。 神聖なテストで賭けなどするものではない、という尊い教えを私は得ることができたのだ...アーメン。

それにしても、負けたその日に「今は思いつかないからまた今度」なんて言って、それから冬休みも超えたので すっかり忘れていると思っていたのに...田村め、覚えてやがったか。
私が周りを気にして黙り込むと田村は最初から大人しく言うことを聞いとけばいいんだ、とでも言いたげな生意気な顔をした。...私の中に暴力的な嵐が吹き荒んだ。
...殴ってやりたい。
流石に53点も差をつけられてしまったことは周りに知られたくないので、下手なことは言えない。
“そんな馬鹿なのになんで田村と勝負してんの、馬鹿なの? あ、馬鹿だからか。”
とか思われたくない。
私の大声にクラス中の視線がこちらに注目したが、何もないと分かると何事も無かったかのように視線が離れて行った。

「思い出したか?」
「...思い出した...」
「それはよかった」

嫌味に笑う田村の表情に、私の中で再び暴力的な嵐が吹き荒ぶ。

「...で? 約束が何?」
「思いついた」
「...ふうん」

どうせ嫌がらせ的なことを命令されるんだろうと思うと、テンションが上がるわけも無く、ローテンションで相槌を打った。

「来週チョコを持ってこい」
「はいはい」

私は適当な相槌を打ちながらカクカクと頭を上下に振った。視線は机の上の誰かがカッターでつけたと思われる傷に向かっていた。
チョコね。チョコ持ってくりゃいいんだろ。
............チョコ?

「は?」

キーンコーンカーン... 顔を上げたときにちょうど、授業開始のチャイムが鳴ってしまった。田村はすでに鈴木くんの席から立ち上がった後で、 見えたのはこちらに背を向ける姿だった。

「持ってくる日はわかってるだろ」

右手を振りながら背中越しに言葉を投げていった田村のキザな去り際に、ドラマの見すぎだろ! と突っ込むことが出来なかったのは 意外過ぎる命令だったからだ。
なんで急にチョコ? と、頭の中がたくさんの疑問符で埋め尽くされながら形だけは授業を聞いていると、黒板の右端に 書かれた日付が目を引いた。
“持って来る日はわかってるだろ”
頭の中で再生されるのは、キザな田村の去り際と言葉だ。
その後の授業に身が入らないのはおろか、私の頭の中には田村についてぐるぐる回るばかりで使い物にならなくなってしまった。
バレンタインにチョコを欲しがるとか......もしかしてあいつ私のことが......。
一瞬桃色の想像してしまった私は、そんな想像をしてしまった頭を机に思い切りぶつけて破壊したい衝動に襲われた。



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#革命まで4日


冷静になった私の頭は普段の働きをするようになっていた。そして、田村の命令は私を恥ずかしがらせるのが目的だということで処理された。 あれから田村は何事も無かったように接してくるので、私も何事も無かったかのように接している。
まあ、けど約束は約束なので守らなければいけない。守らなかったらうそつき呼ばわりされること間違いなしだし、何よりも 私がそんな適当な人間だと思われるのが一番不本意だ。
そんなことで私はバレンタイン特設会場にやって来たのだが、ずらーっと並んでいるチョコの山はおいしそうだと思うけど、 結構な値段がするものから、ワンコインで買えるものまでピンからキリまで用意されているので迂闊に手を出せない。出来るだけ安く上げたい と考えながらチョコを物色していると、おふざけ系の商品が並んでいる場所にやって来た。

「うわ!」

思わず一人で声を上げながら手に取ったのは、中でも一際ふざけたものだった。

「田村とかこのうんちチョコでいいでしょ!」

オレンジ色のそれはうんちの形をしていた。田村に渡した場合のリアクションを思い浮かべ、思わず口元がにんまりと 弧を描いたが、その後田村は本気で怒りそうな気がする...ということに気付いた。
変に冗談とか通じないところがあるから、こんなの渡したら本気で怒りそうだ。
それとも、こんなのでもチョコはチョコだからもらったら嬉しいとか?
だけど相手が私じゃ喜ばないだろうし、怒る確率の方が高い。
そっとうんちチョコを棚に戻し、私はまた棚を回り始めた。頭の中には田村のことを浮かべながら。
田村の事だからお徳用のチョコとか渡したら文句言われそうだし、だからと言ってさっきみたいなふざけたのを渡したら怒りそうだ。なんてめんどくさいんだ。
けど、どうせあげるなら、田村がおいしいと言うものをあげたい。...だからと言ってあまり高いものは無理だけど。

「...そうだ」

そこまで考えた私の脳裏に、一つの提案が浮かんだ。
お金もあまりかからずに、おいしいもの。
作ればいいんだ!
これなら家にある材料を使うことが出来るから、あまり費用も掛からないしガトーショコラとかにしたらあまり手間も 掛からない。その上に、これを私が作ったんだと言うことで自慢することだって出来る!
どうせなら田村が食べておいしいって言ってから、「それ実は私が作ったんだよねー!」って言ったら驚くこと間違い無しだ。

「なんて完璧な計画なんだ...!」

あまりにも良い考えすぎて自分に感動しながら、私はそうと決まればとバレンタインように少し値引きされていた板チョコを 三枚買って帰った。



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#革命前夜


どうせあげるなら最高傑作をあげたいと考えた私は、友人達の誘いを断ってバレンタイン前日はすぐに家に帰りキッチンに立った。
気合十分にチョコとバターを溶かし、気合十分に角がピンと立つまで卵白を泡立て、気合十分に卵白とチョコを混ぜ合わせ、 気合十分に型に流し込んで焼いた。だが、出来上がったものは混ぜすぎてしまったらしく、思うような高さまで膨らんでくれなかった。
こんなものを田村に渡すわけにはいかない。
私は結局、ガトーショコラを三度焼いた。
仕上げの作業として、冷めたガトーショコラに粉砂糖をふるって、完成した喜びを噛み締めながら田村が驚く顔を思い浮かべて、 ひとしきりニヤニヤしてから、そういえば包装用品が無いことに気付いて愕然とした。
時計を見てみれば、針は10時を回ったところだった。覚ましている間にお風呂に入っていたのが原因らしい。
もっと早くに気付いていれば買いに行ったのに、今はパジャマを着ている。こうなると出かけるのが面倒だ。 だが、どうせなら包装もかわいいものにして田村を驚かせてやりたいものだ。箱に入れてリボンとか結んだら、とてもかわいい。 実際、みんなそういう風にかわいらしくラッピングしてチョコを渡していた。
それに粉砂糖もハートの形にふるっている子が居た。後で写メを見せてもらったら、ハートのチョコだの、ハートのクッキーだの......

「...」

しまった。私もハートにするべきだった。無難に粉砂糖をかけちゃったけど...

「ん?」

表面を白く化粧しているガトーショコラを見下ろしながら、あれ? と気付いた。

「いやいや、なんで私が田村なんかのためにわざわざかわいらしくデコらなきゃなんないの?」

よくよく考えてみればそうだ。これは約束を果たすために用意するものであって、別に何か特別な意味があるものじゃないのだ。
それなのになんで私がこんないろいろ考えなくちゃいけないんだ! 意味が分からない!!
ガトーショコラにしたのも安く済ませることが出来るのと、田村が驚くと思ったからだ。
別にガトーショコラにハート型に粉砂糖をふるう理由が無い!
ぶんぶん頭を振って、これが正解だったのだと自らに言い聞かせていると、頭の中にハートの模様に粉砂糖で化粧され たガトーショコラを、照れくさそうに受け取る田村の顔が浮かんで私は一層強く頭を振った。

「ないないないないない絶対ない!」

独り言にしては大きな声を出しながら、私は顔が熱いことには気付かないことにした。




#革命当日




(20140211)続く