それからは、高校生らしい清い交際を重ねた。 一緒に下校をしたり、休みの日にはどこかに出かけてみたりして徐々に自然と距離が縮まっていくのを感じた。そして、四度目の所謂デート をしているときに、私はいつもとは違う雰囲気を感じた。そろそろ帰ろうか、という時間になってくると、彼がどこかそわそわしていて落ち着かない様子なのだ。 一体どうしたんだろうと思っていると、名前を呼ばれて妙な沈黙。徐々に近づいてくる顔。 咄嗟に察した私は、すぐさま声を上げた。 「あっ! あれ何?!」 べたもべた、べた過ぎることをいいながら夜空に輝く星を指差した。「え、」と声を上げて私が指差す方向を見た彼の意識が 私から離れた瞬間に距離をとった。 「あ、なんだ星か。さっきすごいちかちかしてたから何だろうって思ったんだけど、なんだ星かー」 あまりにもべた過ぎるので私の本心を読まれてしまっているかもしれないと思ったものの、それはなかった。 「そっか、UFOとでも思った?」と微笑む彼は、私がまさか彼の気をそらしたとは思っていないようだった。 当然といえば当然だ。だって私達、好きあって恋人になったはずだから。 内心安堵の息をついたのもつかぬ間、急に視界が暗くなって星が見えないようになったと思ったら唇に何かが当たった。 あ、と思ったときにはすでに彼が離れた後だった。 いつものようにバイバイをして、私は一人で家までの道のりを歩いていた。 ここまででいいよ、と言った私に家まで送るよと言ってくれたけどどうにかそれを撒いた。 家まではなかなか距離があったけれど、私はその道のりを歩くことで気持ちの整理をしたいと思った。 気持ちの整理って... 自分で言っておいて変だと思う。だって彼氏なんだから、いずれはそういうことになるものだ。 だから喜ぶべき。...なのに私の心は暗く沈みこんでいて...徐々に視界が膜が張ったようになっていく。 頬の上をぬるい涙が滑っていったことによって、私はようやく自分の素直な気持ちを理解した。 馬鹿みたいだけど、こうならないと森山への気持ちをごまかし続けることが出来ると思っていた。 泣く資格だって私にはない。そうわかっているのに勝手に溢れてくる涙を私はぐいっと力任せに拭った。 「?」 頬の涙を拭っていると聞こえるはずが無い声が聞こえた。ハッと顔を上げ、周囲を見回してみると道路を挟んだ向こう側にジャージで大きなスポーツバックを下げている集団を見つけた。 その中のうちの一人に今考えていた人物が居ることに気づいて、咄嗟に”うれしい”という気持ちと”まずい!”という気持ちが発生する。 「森山、こんなとこで何してんの?」 そんなこと聞かなくても部活か試合の後と言うのはすぐに察しがつく。私はそんな今更な質問をしながら、片頬に残っている涙をなんでもないように手の甲でぐいっと拭った。 そうすると森山は何かをチームメイトに言っている感じで、集団から離れてこちらに向かって小走りでやってきた。 こんな展開を想像していなかった私の口からは「え、なんでこっちくんの」なんて可愛げのない言葉が漏れる。 あっという間に距離を埋めた森山は、何だかいつになく真剣な顔をしていたのでドキッとした。暗いからこの距離になるまでどんな顔をしていたのかわからなかった。 「どうした」 「や、森山こそどうしたの」 意識してゆっくりと言葉を紡いだ。すると少し不服そうに森山の眉が歪む。はぐらかしたのを咎められたような気がして そこから視線をそらした先で、森山の背後に居たジャージの集団の姿が消えていることに気づいて驚いた。 「森山! 皆に置いてかれてるよ!」 森山の腕を叩きながら背後を指差すと、森山が緩慢な動きで振り返る。 「...ああ。の家ってこっちだっけ?」 「え? うん」 全然関係が無い話に切り替わったことに疑問を浮かべたのと同時に、森山が歩き始める。 森山が歩き始めた方向は、ジャージ軍団が消えた方向ではなかったので焦る。 「森山、」 「早く」 私の言葉を制するように言葉を投げかけられ、森山はその言葉通り私を急かすように5歩ほど先で立ち止まってこっちを見ていた。 どうやら私を家まで送ってくれる気らしいけど、私としては遠慮したい気分だった。 さっき自分の気持ちとは裏腹なことをしたということもあってどうにも気まずい。 森山にとって見れば、それはどうでもいいことに違いないとはわかっていながも、勝手にバツが悪い気持ちになってしまう。 不実を犯してしまったかのような気分だ。実際、不実でもなんでもないんだけど。 森山と私の間には友情以外ない。 「あの、...森山?」 黙々と歩き続ける前の背中に対して、何て言葉をかければいいのかわらず、だいぶん間をおいてからようやく声をかけることができた。 「なに?」 少しだけ森山の声から距離を感じるのは気のせいだろうか。 被害妄想かもしれないけどいつもの森山じゃない気がして、私は胸の奥の方が冷えた感じがした。 怖気づきそうな心を叱咤しながら思い切って声を発した。 「今日は試合?」 「練習試合だけどな」 普通の返答に、先ほど感じた距離はなくなっていた。そのことにホッとしながらも、そのまま続けられる今日の試合がどういう展開だったか、と言う話に相槌を打った。 森山が楽しげに今日の試合の内容を話して、私が時々そこに茶々を入れる。そうしてすっかりいつもの空気になったところで、 不意に森山が口を噤んだ。森山が黙ったことによって、急に辺りが静かになる。あまり車の通りが激しいこともない道なので、 車の音で声をかき消されるということも無いのだけど、代わりに会話の間を車の音で埋めてくれるということも無い。 いつもなら森山との会話なんて気になることも無かったのだけど、今日はいつもと様子が違うこともあって、居心地が悪く感じる。 「は今日デートだっけ」 尋ねているような言葉なのに確信している様子だった。 何でそれを知ってるの、と言う言葉の代わりに「そう」と手短に答える。内心はひどく動揺していた。 だって、出来ることなら森山には知られたくないと思っていたことだからだ。そんな私の疑問を悟ったのか、森山が言葉を続けた。 「でかい声で話してるから聞こえた」 休憩時間に友人達と話していたのを聞いたということだろう。まさか森山に聞かれているとは思いもしなかった。 私は出来るだけ声を潜ませていたというのに...やっぱり教室で話すべきじゃなかった...。 今更な後悔をしていると気分が落ち込みそうになるが、今は落ち込んでいる場合じゃない。 「で?」 「...で?」 突然話の続きを促すような相槌に、私は困惑して同じ言葉を返した。そうすると森山は何やら言いづらそうに躊躇している。 「...振られたか」 「え! 振られてないし!」 思いもしなかった森山の言葉に、ついつい声は大きくなってしまった。 そんな私の返答に、今度は森山が驚いたような表情になる。だがそれも束の間で、突然眉間にしわを寄せて厳しい表情を浮かべた。 「じゃあ何だ、何された」 そういった森山がいつになく真剣な表情をしていたので、私は喉のところで言葉が絡んでしまった。 こんな雰囲気は私達には似合わない。すぐにいつもの空気に戻さないと...。 「泣いてたろ」 森山が怒っているような表情を浮かべつつも、どこか後ろめたそうに呟いた。私のために怒ってくれているのだ。そう思うと暗い喜びが湧き上がった。 きっと車が通っていたら聞こえないほどの声だった。だけどこの道は車は滅多に通らない。 はっきりとその声は、私の耳まで届いた。 「違う、ごみが入っただけ」 なんでもないように答える。視線はコンクリートで舗装されてまだまだ続いている道に真っ直ぐに向けていた。 隣の森山の視線がこちらに向いているのがわかった。だけど私は絶対にそちらを見なかった。 胸の中で心臓がどきどきしている。 まるで自分が森山に大事にされているかのように感じてしまった...。そんなわけない、そんなわけがない。 自分に言い聞かせるのに、私自身それに聞く耳を持てない。 今日はちょっと変になってしまったけど、明日には何も無かったことになる。そう心の中で呟きながらも、どこかで私の心は期待しているようだった。 ―→ |