森山由孝という男に初めて会ったのは、高校に入学して間もない頃だった。
「君かわいいね、アドレス教えて」というのが森山が私に対して初めて話しかけてきた言葉だ。私はと言うと「...は?」と、 お世辞にも感じが良いということができない言葉を発した。内心はチャラすぎだろ! と思ってはいたものの、もちろん初対面でそんなことを言うわけがない。

「あー、ケータイ持ってないんで...」
「え、そうなんだ?」

まあ、高校生でケータイを持っていないとなったらそりゃ驚くだろう。予想通りチャラ男は意外そうに目を瞬かせた。
そんなチャラ男とこれ以上かかわりたくないと思い、そそくさとその場を離れようとしたそのとき、私のスカートのポケットから電子音が鳴り出した。
あ、やべ。と思い、思わずチャラ男を見ると、チャラ男はにっこりと笑いながら言った。

「ケータイ、鳴ってるよ」
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それからどういう縁なのか、三年間同じクラスになってしまったということもあり、森山は友人的なポジションに納まった。
何がどうしてそうなるのか、世の中ってよくわからないものだ。かわいい女の子を見つければ声をかけずにはいられない、 恋の狩人(本人談)である森山は常に女の子に飢えている。常に女の子に飢えているので私にも声をかけてしまったらしい。 「あのときはでもかわいく見えたんだ」という言葉は森山の持ちネタの一つになっている。
それほど今では森山が私に「君かわいいね、アドレス教えて」と言ったことが笑える過去になっているということだった。
私と森山が二人っきりで教室で話していたところに他の友人達が来ても「ヒューヒュー」とか言われることも無い。
「何の話してんの、混ぜてー」とか言われるくらいなのだ。私と森山が話してようが、邪魔しちゃ悪いし、と言う遠慮はないらしい。 と森山由孝は友人以外のなにものでもない。
最初はチャラ男という印象しかなかった森山も、三年間同じクラス(そう!三年も同じクラス!!)でいればいろいろな面を見てしまう。 ましてや私は森山の友人と言うポジションをいつの間にか獲得してしまっていたのだ。より近いところで森山由孝という男を見てきた。 そうすれば、チャラ男――→ふーん、以外に真面目なところもあるんだ――→へえ、バスケ上手なんだ――→意外に優しいじゃん。 など、いろいろな森山を見てしまい、気づけば私は森山のことが好きになってしまっていた。まんまと森山の術中にはまってしまった...(いや、森山がこの展開を望んでいるとは思わないけど)
最初は最悪だと思ってたあいつ☆
でも徐々にあいつのことを知っていくうちに――…☆
って、少女漫画かい!! 
一人空しくツッコミを入れてみるものの、ただただ空しさが増しただけだった。
だけど私のポジションは“友人”以外にはないことも知っていた。森山の持ちネタの一つ”その昔、にもアドレスを聞いてしまったことがある” というものが存在するのだから、彼の中でその過去はネタでしかないのだろう。つまり、私は友人以外の何者にもなることが出来ない。
つまるところ、友人以外のポジションは求められていない。
だから私は森山の友人で居ようと決意したのだ。


そんな私が健気な決断をしてから、森山が今までに無いほど惚れている女がいるらしいという噂が広まった。
聞けば森山が心底惚れているらしく、その子にはアドレスを聞くことすらできずに居るということだった。
「これはマジだな」口々にそう言う友人たちに、私は気が気ではなかった。
今までも森山はいろんな女の子にアドレスを聞きまくっていたが、その女の子たちのことが本当に好きだからということではないことを私は知っていた。 好きだからアドレスを聞いていたのでは、好きな人だらけになってしまう。そんな森山がアドレスを聞くことができない女の子が居るなんて、 本当に好きなのだとしか思えなかった。本当に好きな相手には奥手になってしまうというやつだ。その噂は森山を知っている友人たちにこそ、信憑性があるように聞こえた。
そっかそっか、ついに森山に好きな人が。
よかったと喜んでやるべきだろう、友人としては。だけど私は偽りの友人であって、本当の友人ではない。
いくら表面上は友達面をしていても、内心では「森山かっこいー!」とか思ってることがあるのだ。認めたくは無い事実だけど。 今までは森山が彼女ができないということを嘆いていても「どんまい」などと表面上はからかうようにせせら笑っていても、 内心では森山に彼女が居ない、ひいては好きな人もいないということに安心しきっていた。
きっとこのままこの状態が続く、なんてそんなわけが無いのに願望の交じった未来を想像して私は安心しきっていた。


「森山よ...私に何か言うことは無いかい?」
「え?」

休憩中と言うこともあって、背後がうるさいのが気になるが私は一刻も早く森山に噂が真実かどうか確かめたくて尋ねてみた。 だけど直球で尋ねることができなかった。私の中の“友人の顔”が邪魔をした。
だけど友人ならこういう話だってするものだ。実際森山は今までも「あの子かわいいな〜何組だろ。聞いてきてよ」などと言っていたのだ。 私が先に友達になって、森山の良いところばっかりを伝えたところで紹介してくれ。というサクラ的な役割を求められたのも両手じゃ数え切れない。 私はその度に「そんな詐欺をするわけにはいかない」と言ってノーを言い続けてきた。実際は、森山の良いところを話すのなんて朝飯前なんだけど。 私がじっと森山の目を見つめると、その目は上空を彷徨ったかと思えば、何かを思いついたようにパッと見開かれる。

「CD明日持ってくるわ」

ガクッと肩を落とすと間の抜けた「え、それじゃなかった?」という森山の声が聞こえた。

「じゃあ何」
「なんでもないわ! このすっとこどっこいッ!!」

察してくれる様子が無い森山に腹が立ち、それを捨て台詞にその場から離れれば背後から「ぶふっ」と不快極まりない噴出している音が聞こえた。

「すっとこどっこいって何時代の人間だよ!」
「うるさい!」


まあね、察してくれと言うのも酷な話かと思い、すっとこどっこいって言ったのは悪かったな、けどその後に森山も馬鹿にしてきたからヒフティーヒフティーだな、と思いなおした。 私が勝手に怒っただけなので、森山は当然何が原因で私が怒ったのかはわかっていない様子で、その後も普通に話しかけにきた。 森山が何かを楽しそうにクラスの男子と話しているのを眺めながら、私はもうすぐ森山は誰かのものになっちゃうのかもしれないなぁ、と考えていた。 だって森山ってかっこいいし。女の子は森山に好かれて嫌な気分になることは無いはずだ。
誰かのものになっちゃうなんていやだと思っていても、私は自分で行動を起こそうとは思わなかった。 友人と言うのは告白をしちゃいけないし、友人でいるためには行動を起こすべきじゃない。 私が告白して、森山が頷いてくれるのなら告白してもいいけど、その可能性は万に一つも無いと思う。
森山が私のことをどう思っているのか、冷静に考えることは出来る。だけど心は弱っていた。
だから狙っているかのようなタイミングで同じ委員会の男子に告白をされて、私は頷いてしまった。
もしかしたら森山以外の人のことだって好きになることが出来るかもしれないと思ったのと、もう一つは心が弱ってしまっていたことがあって、 何か...頷いてしまったのだ。こんなこと絶対に誰にも言えないけど。
突如できた彼氏に友人達には「え、あんた好きな人とか居たんだ!」とか驚かれた。今まで色気の“い”の字も見当たらなかったような私に急に彼氏ができたのだから驚くだろう。

「なんかそうみたい」

私は自分のことながらぼんやりと答えると、友達は「なにそれ」と笑い飛ばした。
お祝いしてもらってから何だか疲れた気がして放課後、のろのろと廊下を歩いていたときに前から部活のユニフォームを着ている森山がやってきた。 どきっと心臓が跳ねたのは、私に彼氏ができてから顔を合わせたのが初めてだったからだ。廊下には他に人の気配はなく、私と森山しか居なかった。 前からやってきた森山は、私を視界に入れると「お」とだけ言った。その様子はいつも通りだった。

「忘れもん?」
「そ。明日小テストなのに教科書忘れた」
「...あ!」

森山の言葉に私も同じものを忘れたことを思い出した。声を上げた私に、森山はにやっと笑った。

「オレのおかげだな。さあ何をおごってもらおうか」
「サンキュー森山! これがお礼です」

森山と一緒になって教室に戻り、教科書を机の中から掘り出していると森山は相変わらずにやにやしたまま言ってきた。
どうでもいいような軽口を言い合いながら玄関扉に向かい、体育館に向かう森山とはここで別れるというところにきて、突然森山がじっとこちらを見てきた。 一瞬何事かと身構えた次の瞬間、森山が口端を上げた。

「彼氏、できたんだって?」
「あ、......うん」

隠し通せるわけが無いけど、そこに触れられることに気構えができていなかったからひやりとした。
ぎこちない相槌に、森山は何を思ったのか「そうか」とだけ相槌を打ち、何事も無かったかのように「じゃあな」と言って去っていった。 私もかろうじて「じゃあな」と言ったと思う。多分、よく覚えていない。あまりにもあっさりしすぎな森山の態度に、少しだけ傷ついていたから。 求めること自体が間違っていると頭ではわかっていても、自分で自分をコントロールするということは意外に難しい。


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(20140607)続きます