<三> あのやり取りがあってから私は彼のことが放っておけなくなってしまった。 だからと言って現状を作った彼らの主である彼女に、なにか物申すということも出来ない。ここには私は部外者として一時的にお世話になっているだけなのだ。 それに、その彼女の悪癖とも言える部分がなければ、この本丸はとても平和で、刀剣たちものびのびしている。それは一重にこの本丸を仕切っている彼女のお陰だろう。 実際、私もこの研修中はとてもお世話になっている。燭台切さんのことがなければとても良いところにお世話になることが出来たと思っていたことだろう。 悪い人ではないことがわかっているだけに、その悪癖も悪気があるわけではないこともわかっている。 何より彼女の刀剣たちが何も言わないのがそういうことだろう。 「よっ!」 「ぅわっ!......もう、なんだい? 鶴さんじゃないんだから」 畑で草むしりをするためにしゃがんでいる背中を見つけ、ぽんっと軽く叩きながら声をかければ少し驚いた様子の燭台切さんが非難するような目つきで見上げてきた。 それに「わはは」と返して一緒になってしゃがみこむ。どうやら抜いても切っても生えてくる雑草を抜いていたらしいのでそれを手伝うことにする。 「...主と勉強中じゃなかったの」 「うん、けど今日は終わり」 いつものお勤めを終えた後は審神者としての仕事もひと段落すると言うことで、私には自由時間が与えられることになっている。 その間に日誌を書いたり、復習をしたりすることもあるが大体はこうやってお手伝いをすることが多い。 今日は特に急ぎで片付けなければいけないこともなかったので、何か手伝いをしようと厨を覗くと歌仙さんに「彼を手伝ってあげて」と言われてこちらに来たのだ。 「あっ、それは雑草じゃないよ」 「え、マジで! そっくりじゃない? これと!」 今まさに引っこ抜こうとしていた草に伸ばした手の腕を止められ、それが雑草じゃないといわれれば驚いて大きな声を上げてしまった。 先ほどまで引っこ抜いていた雑草と変わりが無いように見える。「葉の形が違うでしょ」と見比べるようにいわれれば確かに少し葉の形が違う。 「あっ、ねぇねぇ大倶利伽羅さん! これ雑草じゃないって知ってました?!」 「...フンッ、そんなものも知らないのはお前くらいだ」 「ひでぇ」 畑当番らしい大倶利伽羅さんが何やらバケツを持ってやってきたので同意を得ようと話しかけたがすぐにいつもの調子で切り捨てられた。鼻で笑われるというおまけつきで...。 到底畑とは結びつかない二人だけど、いろいろと詳しいのは日々土を弄っているからだろう。 大倶利伽羅さんも馴れ合うつもりはない、とか言ってきちんと当番はこなしているらしい。 それでなくては私と同じように雑草と雑草じゃないものの見分けはつかないだろう。 そこからは三人で喋りながら(喋ってるのは大体私と燭台切さんだけど)作業を続けた。 私のくだらない話に燭台切さんが時々楽しそうに笑い声を上げるので、何だかとても満ち足りた気持ちでその日の畑仕事を終えた。 <四> お風呂上りに髪をタオルでぐしゃぐしゃと拭きながら廊下を歩いていると、前方から燭台切さんがやってきた。 こちらに気づいて微笑んでくれたので、笑みを返す。 「お先に入らせてもらいました」 「うん、じゃあ僕も入ろうかな」 頭を軽く下げながら言えば、相変わらず柔和な笑みが返って来る。 人数が多いのでお風呂には次々と入らなければ時間がすごくかかってしまうので、何か用事をしていたとしてもとりあえず入浴を先に済ませるというのがこの本丸でのルールだ。 なので食事の後片付けをしているところでお風呂が空いたと聞いて先に入らせてもらった。 お風呂から上がって寝るまでの時間にその日の日誌を仕上げるようにしているので、あまり遅い時間だと明日が辛くなることもあり「先に入っておいで」と言われたのでその言葉に甘えさせてもらったのだ。 お風呂に入ると今日一日が終わったような気がしてすっかりリラックスする。 そのまま燭台切さんと別れて部屋に戻ろうとしたところで「ドライヤーは?」と問われた。 ぐっしょりと濡れたままの髪を見咎めたらしい。洗面所に当たるところにはドライヤーが備え付けられているけれど、 そこを占領すると他の人たちがお風呂に入るのを妨げるので自分で持ってきたドライヤーを使うようにしている。 「部屋にあるから部屋で乾かします」「そっか」「うん」軽く返事をしてから今度こそ部屋に戻ろうと燭台切さんの隣を通ろうとしたところで、横からにゅっと手が伸びてきた。 思わずびっくりするも、私の鈍い体は咄嗟に避けるという選択は出来なかった。 その手は迷うことなく私の濡れた髪へと伸びてきた。そうして一房髪を取られたと思うと、そのまま燭台切さんは手に顔を近づける。 必然的に距離が近くなる。 「いいにおい」 目の前でスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいるらしい燭台切さんに動揺して、何も返すことが出来なかった。 喉のところで声が引っかかるようなおかしな感じと、じわりと頬が熱を持つのがわかった。 「シャンプーかな」 「...あ、あぁ、これかも」 いい匂いなんていわれれば嫌でもどきりとしてしまう。それを悟られないように気をつけながらビニールのバックを持ち上げて心当たりを見せた。 長い期間お世話になるということで、シャンプーやリンス、ボディーソープはもちろん生活に必要なものは全て持ってきてある。 お気に入りのシャンプーとリンスは花の匂いがするものだ。 手が離れたと思うと、一房とられていた髪がストンと定位置へと戻った。そのことに思わずホッと息をついた。 「よかったら使いますか?」 「いや、ありがとう。やめておくよ」 別に私自身がいい匂いだといわれたわけではなく、使っているシャンプーのことを言われただけのことだと自らに言い聞かせ、どうにか気持ちが落ち着いた。 バッグに手を突っ込んでシャンプーとリンスを取り出そうとしたところでやんわりと断られた。 「君の匂いって感じがするしね」 「僕が使うのは違うかな」そう言って燭台切さんの遠ざかっていく後姿を見つめていると、冷えたのかくしゃみが口から飛び出た。 <五> いつの日だかのように二人で縁側に座り、あの時とは違って手にお茶を持って啜る。 三日月さんもさっきまでは一緒に輪の中に入っていたというのに晴れて暖かな陽気に誘われて先ほど眠ってしまった。 私のジャージをかけてあげたがほとんど意味が無いような気がするので後で掛布団を持ってこないといけない。 「君のお陰で本丸内が明るくなったように思う」 「えっ、そうですか?...いやー私ってみんなを知らないうちに笑顔にしてしまうんですかね?」 「君のそういうところ、俺は嫌いではないな」 にやりと笑った鶴丸さんは、私の照れ隠し半分の言葉をすべてお見通しだというように笑った。だけどそれも一瞬で、何かを思い出すように遠い目をして一口お茶を啜った。 「表面上はいつもと変わらんがいろいろあったからな」 いろいろというのは二人が消えて、燭台切さんの変わりに髭切さんが彼女の隣に立つようになったことを言うのだろうか。 私がここに来た当初には知りえなかった事情を知れば、燭台切さんをみんな少し気遣っているのが見えた。 表面上はいつもと変わらないようにしながらも皆それぞれ何か思うところはあったのだろう。 「じゃあ私がえらいってことでこれもらってもいいですか?」 「馬鹿言うな! それとこれとでは話が違うぞ!」 「いてっ!」 お皿に残っていたお茶請けの三色団子の最後を取ろうとすると容赦なく伸ばした手を叩かれた。 「団子でマジギレとかかっこ悪い!」 「ただの団子じゃない! これは幻とも言われているなかなか手に入らない団子だぞ...!!」 「えっ、そんなすごいもんだったんですか」 「あぁ、鶯丸が最高のお茶請けを...と試行錯誤して作り上げたものだ」 鶯丸の気が向いたときしか作ってくれないので幻だ...! 確かにおいしいと思いながら食べたものの、まさか鶯丸さんの手作りだとは思わなかったので驚いた。 どちらかというといつもぼんやりしている印象が強く、あまり厨を出入りしているところも見たことが無いので料理の方はからっきしなのだと思っていた。 けれどお茶への飽くなき探究心は持ち合わせていたらしい。 「それに君にはこれで十分だろ。ほら、えらいなーよしよし」 「やめーい!! 犬じゃないですよ!」 伸びてきた手が脳みそをぐらぐら揺らすぐらいに荒っぽく頭を撫でてきやがるので、抗議するために手を振り払おうとするも簡単に避けられた。 そうしてまた頭を乱暴に撫でに来るのでイラッとくる。刀剣男士に運動能力で勝つというのも無理があるとわかっているが、 軽くあしらわれると腹が立つ。だけど私が苛立っているのさえ楽しそうに鶴丸さんはにやにやと厭らしい笑みを浮かべている。 この人完全に私のこと犬か何かだと思ってるだろ! 「何してるの?」 「あっ、燭台切さんこの人どうにかしてください!」 「あ、馬鹿!」 「ぐえっ」 現れた第三者に助けを乞おうとしたが直後鶴丸さんに首を絞められた。肩に左腕を乗せてきてぐっと力が込められるので必然的に首が締まって苦しい。 この人マジで私のこと女だと思ってないし、人とも思ってなさそうだ。 「...光坊を巻き込めば団子はどうなる」 「えぇっ...?」 一体何事かと思えば...団子のことだとは。ちょっと呆れて目を細めるがこれくらいで鶴丸さんが今の言葉を後悔するなんてことはなかった。 「...何? 団子?」 「「あ」」 私たちの小声でのやり取りもしっかりと聞いていたらしい燭台切さんがナチュラルに私たちの会話に入り込んできたによって、あっさりと団子の存在を知られてしまった。 鶴丸さんは「しまった」と言いたげに顔を歪ませている。よっぽど鶯丸さん特製のこの団子が好物と見える。 「じゃあ三人で分けましょうよ」 串を手にとって三つ刺さっている団子の一番上を手で引っこ抜く。残り二つの玉がついた串を隣にいた鶴丸さんへと渡せば、 私に倣う様にして一つ手に取った。残り一つとなった団子のついた串が燭台切さんへと渡れば、私は手に持っていた団子を掲げ「かんぱーい」と声を上げた。 そうすると鶴丸さんも同じように団子を掲げてくれる。まだこの状況が飲み込めていないのか困惑した表情の燭台切さんが団子を掲げたところで口に放り込んだ。 「価値のある団子ということを聞いたからかさっきよりもおいしく感じます」 「あぁ、うまい」 「甘みがほどよくて主張していない...なのに渋いお茶とあう絶妙な甘みとこの、...団子な感じ...まさに団子...!!」 「君、食レポ下手だな」 もぐもぐと口を動かしている鶴丸さんが同意してくれたので(食レポについてはケチつけられたけど)今度は燭台切さんの番だぞ、と視線で急かす。 私と鶴丸さんの視線に気づいた燭台切さんが力が抜けたみたいな笑みを浮かべた。 「すごくおいしいよ」 何となく鶴丸さんと視線を交わしてから胸の中がいっぱいになるような心地を感じた。 その後起き出した三日月さんが「俺の団子がない...」と騒ぎ出したのを三人で嘘八百並び立ててあやした。 ―→ |