<七> あの夜のことがあってから燭台切さんとは以前のように接することが出来なくなってしまった。 冷静になって考えてみれば燭台切さんがああ言い出したのは先輩に求められなくなってしまったことの寂しさを私で埋めようとしていたのだろうとわかる。 この間まで先輩の彼氏として二人は常に一緒にいたのだろう。今の髭切さんのように。 だけど今やそのポジションには髭切さんがいて、先輩は燭台切さんに対して何もなかったかのような態度を取っている。 私も先輩の態度を見ていただけでは二人の間に何かあったとは気づかなかったと思う。それほど先輩は他の刀剣たちと同じように燭台切さんのことを扱っているのだ。 だけど燭台切さんは違う。会ったばかりの私でもわかるくらいにあからさまに様子がおかしかった。 弱っているところに私が追い討ちをかけてしまったような気がして、そのことがひどく罪悪感を煽り、後悔に胸が軋んだ。 そう思っているのに...挨拶は出来ても中々何気ない会話ができていない。 だけどこのまま研修が終わってしまうのは心残りすぎるので、どうにか切欠を見つけようと彼の同行を見張っていた私は歌仙さんと燭台切さんが二人で料理をしている厨へと意を決して突撃した。 「なっ、何かお手伝いすることありますかっ?!」 「なんだいそんな大きな声で! 雅じゃないな!」 「そういう歌仙さんも声が大きいよ」 歌仙さんがいるなら二人きりになることも無いので、あの時のことが蒸し返されるようなこともないはずだと思った私の読みは正しかった。 会話も歌仙さんが要ればスムーズに出来たので、あのときのことはなかったことにして今まで通り良好な関係のままさよならできそうだとホッとしたのも束の間。 急な先輩の呼び出しによって歌仙さんはこの場から離れてしまうことになった。 「悪いね、後は頼むよ」 そうして歌仙さんが出て行ってしまえば部屋の中には私と燭台切さんの二人だけになってしまった。 き、きまずい...! 「...」 「...」 「ふっ、二人になっちゃいましたね...!」 「そうだね」 沈黙に耐え切れずに口火を切ったはいいものの、自分の発言にぎょっとしてしまった。 瞬間あの時のことを連想してしまい、体の熱が上がったのに胸の中はひやっとするような感覚を覚えた。 考えないようにしていたけれどあの時は距離が近すぎるどころか触れていたのだ。そういう意味じゃなかったということはわかっているのに制御できない部分が体の熱を上げる。 そして同時に罪悪感と後悔の感情も胸の中で渦巻いてからだの熱を下げるのだ。 あれから何度も繰り返し思いだしてその度に私は罪悪感と羞恥、もう少し上手くいえなかったのかという後悔などの感情に襲われている。 「あっ、じゃあ私は揚げを...」 「あ、僕が」 ちょうど玉ねぎを切り終わったので、気まずさを流そうと今度は揚げを切ろうと手を伸ばした。 ところが私が掴んだのは揚げではなくて手だった。 「すっ、すいません!」 「ごめん!」 咄嗟に手を引っ込めると、燭台切さんも同様に手を引っ込めたので流しの台の上の揚げは何事もなかったようにその場に残された。 ...反応が過剰すぎたように思う。可笑しなことにならないよう仕切り直そうとしたところで、燭台切さんの雰囲気が違うことに気づいた。 「もしも、」 躊躇するように言葉が途切れたのを耳にしながらこの状況に焦りを覚えた。 「...もしも規則がなかったら、僕のことを連れて行ってくれたかい?」 ”もしも”なんて話をしてもどうしようもないとは思ったものの、燭台切さんにとってはそうではないのだろう。 真剣にこちらを見つめる表情はあの日を思い出した。ただあの日とは違い、昼間と言うこともあってより鮮明に顔が見える。 この本丸がもしも自分のものだったら...この研修に来てから何度か考えたことがあった。 ここはとても居心地が良くて、男士たちの仲も良好だ。中には仲があまり良くない本丸もあると噂で耳にしたことがある。 その真偽は定かではないけれど、物ではなくて彼らは今は人の身なのだから十分ありえる話だと私は思っている。 それなのにこの本丸の主である先輩は、不用意に波風を立てているような気がする。 表面上は良好だけど、燭台切さんのことや折れてしまった二人のことについて何かしらの感情が皆にもあるはずだ。 そうして私はそれらの一連の出来事を知って、私だったらそんなことしないのに。と思ってしまった。 だから連れて行くとは少し違うけれど、燭台切さんや他の皆の主が私だったら...と考えたことは何度もあるので、燭台切さんの”もしも”に素直に答えればこの場では頷くのが正しい。 だけど、そんなにも簡単に返事をしてしまってもいいのか、という迷いも同時に生じる。 ここで「はい」と答えれば燭台切さんに期待させてしまうかもしれない。 期待させるだけさせて結局何も答えることができないというのはひどく残酷なことのように思えた。 だから、自分の素直な気持ちとは違う答えを出そうとしたところで、脳裏をいつかの会話が掠めた。 ”まぁ、少しだけ気持ちはわかるよ” もしもここで私に存在を否定されるようなことを言われたら燭台切さんはまた傷ついてしまうかもしれない...そうすれば......。 嫌なことを想像してしまい、下手な返事は出来なかった。 「うん。まだ料理もいろいろ教えてもらわないといけないしね」 出来るだけなんでもないように軽く答えた。だけどそんな私の返答に燭台切さんはパッと表情を一転させた。 徐々に唇に弧が描かれていくまでを見つめて、この答えが正解だったのだと確信して嬉しくなった。 「そうだね、まだまだ君には教えることがありそうだしね」 そう言って指差されたのは私が先ほどまで切っていた不恰好な玉ねぎだ。 「手つきが危なくて隣でハラハラしてたんだ」 「失礼な!」 にこにこと笑みを浮かべる燭台切さんに毒気を抜かれながらも、わざと怒った振りをして言葉を返した。 <八> 研修最終日、最後に残っていた荷物をまとめていると戸の前に大きな影が出来た。人の形をしているそれに声をかければ燭台切さんで...部屋へと招けば私の隣に座り、何かを差し出してきた。 「...これ、良かったら受け取ってくれるかな」 そう言って手渡されたのは小さなお守りだった。 「え、いいんですか?」 「うん、君のために作ったんだ」 「えっ、手作りなんですか?! すごい!」 改めて見てみれば手の中にはシンプルなデザインの小さめのお守りがある。シンプルとは言ってもしっかりと作られているのがわかったので、手作りだと聞いて驚く。 燭台切さんって器用だとは思ってたけど手芸まで出来るとは...完全に女子力は私の遥か上だ。 「お世話になったから」 私が驚いたことに「大げさだよ」とは言いつつも、嬉しそうにはにかむ燭台切さんにそう言われて「私の方がお世話になったのに...!」と答えながらもじんとしたものが胸を熱くした。 まさかこの研修が決まったときにはこんな最後を迎えるとは思っていなかったので嬉しい。 「肌身離さず持っていてね」 「うん、ありがとう。大切にします」 「絶対だよ」 <九> 先輩とお世話になった皆にお礼を順番に言って見当たらない姿を探していると、肩を突然叩かれた。 「わっ!」 「ひぎゃっ!!」 思わず奇声を上げながら振り返ればやっぱり鶴丸さんだった。 「やっぱり君の反応は面白いなー!」とか可笑しそうに笑っているので襟首を掴んで前後に揺すってやった。 「こんな時まで驚かさないでくださいよ...!」 「いや、これで見納めかと思うとな」 私の願望だったのかもしれないけれど、そう言った表情が少しだけ寂しそうに見えたので襟首は開放してあげることにした。 「...まぁ、しょうがないので許してあげます」 「君、ちょろいな」 「もう一回揺さぶられたいみたいですね!?」 再度鶴丸さんの襟首を掴むと、どこからか現れた燭台切さんに「そこまでにしときなよ」と止められてしまった。 「こんなときまで...」と、燭台切さんに注意されている鶴丸さんに、ざまあみろ!の意味を込めて舌を出してやった。もちろん燭台切さんにはばれないように。 だけど正直、しんみりとお別れするのは嫌だったので、鶴丸さんがああしてくれたのは良かったのかもしれない。 「鶴丸さん」 「ん?」 「燭台切さんのこと見ててあげてくださいね」 燭台切さんから解放された鶴丸さんの耳の傍で密かに声をかければ、不意に表情に鋭さが宿ったのを確認してから頷いた。 私が何を思ってこういうことを言ったのかについてはそれで察してくれたらしい。同じように頷いて返されたのでそれが答えだった。 そうして私は研修生としてお世話になった本丸を後にした。 いろいろとあったけれど最後は円満に研修生活を終えることが出来たという充実感に満ちた気持ちだった。 ―→ |