去年の続きです


「それ持ちます」

バーナビーさんが両手に抱えている紙袋を指していった。
だけどバーナビーさんは「いえ、大丈夫です」と言って取り合ってはくれなかった。
さんも荷物があるじゃないですか」と加えられ、改めて自分の手元を見てみたものの、荷物と言うほどのものではなくて手持ちのバッグが 一つあるだけだ。「いや、けどこれ全然軽いんで」と尚も言い募ろうとしたものの、バーナビーさんはそれを見越したように「だから大丈夫です」と会話を切った。 そこまで言われては私もこれ以上続けるのはどうかと思い、口を噤むことにした。


今日はバーナビーさんの誕生日だったので、すでに恒例となっているパーティーのようなものをして過ごした。
店を貸しきり、いつもよりも少し豪勢にバーナビーさんの誕生日を祝ったのだ。
楽しい時間と言うのはすぐに過ぎてしまうもので...誕生日会はあっという間に終わった。
何故か主役であるバーナビーさんよりもお酒が進んでべろべろになってしまった虎鉄さんは、ほろ酔い気分のアントニオさんが送ることになり、 夜も遅いのでカリーナは私が送ろうかと思っていたところで「あんたはハンサムを送ってあげなさい!」と言われてしまった。 「え、いや...バーナビーさんは痴漢に襲われる心配はないと思うよ...襲われても撃退できると思うよ」と言ったら「そういう意味じゃないわよ!」という言葉と共に 強制的にバーナビーさんと帰ることになってしまった。

「誕生日なんだから良い思いさせてあげなきゃね」

ネイサンの意味ありげな言葉は私は意味がわからなかったけど、バーナビーさんは何か思い当たったらしい。 途端に白い顔が赤く変色して行くのを見てしまった。
「...良い思い? 痴漢にあわないのが?」ネイサンの言っている意味がよくわからないまま呟くと、「アンタは痴漢から離れなさい!」と怒られた。 けど私がバーナビーさんを送っていくことによって得られるバーナビーさんのメリットは、痴漢を撃退してもらえる、ということ以外に思いつかなかった。

「もういいので、何も考えないでください」

バーナビーさんが赤い顔のままそういうので、内心首を傾げつつもこの話は終わらせることになった。


なんでもないような話をしながら帰路についていると、先にバーナビーさんが住んでいるマンションに着いた。
この道順ならそうなるのは当然なので、”バーナビーさんを送り届ける”という役目はここで果たすことができたといえよう。 「じゃあ」と挨拶をしようと口火を切ろうとしたところで、それよりも先にバーナビーさんが口を開いた。

「車で送るので、ちょっと部屋まで来てもらえませんか?」
「え、わざわざ...」
「拒否権なしですよ」

「どういう意味かはわかってますよね」と茶目っ気たっぷりにバーナビーさんが言ったのにはわけがある。
先ほどの誕生日会で「お誕生日様の言うことは絶対!」などという、ここは合コン会場か? とで言うようなことがまかり通っていたからだ。
「おじさん、ちょっと飲みすぎじゃないですか?」
「いや、こんなもん全然だ!」
「お誕生日様の言うことはぜった〜い!」
こういう使い方だ。だけどこのルールが正しく作用されていたのは最初だけだった...。(ちなみに虎徹さんがお誕生日様の言うことを聞いてお酒を控えたのも一瞬のことだった)
「ハンサム全然食べてないじゃない!」「あっ! バニーもっと食べろよ!」「いえ、食べてますよ」 「さっきからバーナビーさんこんなちっこいお肉しか食べてないじゃないですか!」「バランスのことも考えて野菜も食べてるんです」 「ダメダメ!肉食べないと!お誕生日様のいうことはぜった〜い!イエ〜」「イエ〜!!」 って感じで、後半の方はただただ「お誕生日様の言うことは絶対」って言葉を言いたいだけだった。
お誕生日様は肉はいいから野菜を食べたいといっているのだから、野菜を食べさせてあげるべきなのにそれを無視だ。 その場のテンションと言うのはすごいもので、私はお酒を一滴も飲んでいないのにバーナビーさんのお皿に次々とお肉を運んだ。 おかげでバーナビーさんのお皿の上は山のようにお肉が乗っていた。
その権利を行使すると、バーナビーさんは言いたいのだろう。
そういわれてしまうと私は拒否することができない。大人しくお誕生日様の言うことに従わないといけない。

バーナビーさんの部屋には何度かあがらせてもらったことがある。
もちろん、二人きりと言うシチュエーションは今日が初めてだ。いつもは大人数で押しかけるような形でお邪魔していたので、 思いのほか部屋が広く感じて驚いた。
適当に座っていてください。と言われたので、設置されているソファーに腰を下ろした。

「水とオレンジジュース、どちらにします?」
「えっ? いえ、そんなお構いなく...」

キッチンのほうに歩いていったバーナビーさんの問いかけに、私はついつい大きな声で反応してしまった。
初めて来たわけではないのだけど、何だか静か過ぎて少し肩に力が入ってしまう。二人で出かけたりすることもあったし、 それこそこの夜景プライスレスみたいな高層ホテルで食事を奢ってもらったこともあった。だけどあのときは他にも人が居た。 考えてみると、バーナビーさんとこうして完全に二人きりになったのは始めてなのだ。
そう考えると体に力が入ってしまう。
何を今更って感じなんだけど、なんというか...バーナビーさんの部屋は電気がついているのに薄暗いというか...間接照明と言うやつしか 電気が灯っていないのでおかしな雰囲気なのだ。

「僕が飲みたいので、さんも飲んでいただかないと悪い気がします」

そう言ったバーナビーさんはすでにグラスを二つ用意していた。そういわれてしまうとこちらとしても断りづらい。 それに正直、少し喉が渇いていた。

「えっと、じゃあオレンジジュースもらってもいいですか?」

バーナビーさんの家にあるオレンジジュースなんだからすごくおいしいんじゃないだろうか、と思ってのセレクトだ。
いろんなものにこだわりがあるバーナビーさんなので、いつも私が飲んでいるようなセール中のオレンジジュースじゃなくて、 なんかこだわって栽培されたオレンジを使って、こだわってどうたらこうたらした感じで作られたオレンジジュースなんだと思う。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

受け取ったグラスは冷えいていたので、中に注がれたオレンジジュースが冷えているのがわかった。
バーナビーさんが隣に座ったのを確認してから、私はきっとおいしいと思われるオレンジジュースを一口飲んだ。

「う、うまい...!!」
「大げさですよ」

バーナビーさんが喉のところで低く笑い声を上げながら答えたので、私は力説した。

「いや、すごくおいしいですよ! このオレンジジュース!」
「そうですか? 普通のオレンジジュースですけど」
「いやいや、私がいつも飲んでるのよりもオレンジが濃いです」

「さすがバーナビーさん...!」と呟くと「何ですかそれ」とこれまたおかしそうにバーナビーさんが答える。
気づけばさっきまで緊張していたのがうそのように、いつもの雰囲気になっていた。 今となっては何を緊張していたのだろう、と我ながら思う。全ては間接照明の所為だ。

「あ、いただいたプレゼント開けてもいいですか?」
「どうぞ」

プレゼントとは言ってもすでに中身はバーナビーさんが知っているものだ。
だけど今回はいつもとは違う。というのも、いつもは手作りカードを何枚かしかないので、封筒に入れて渡している。 だけど今回は、少し大きな包みを渡した。なので、バーナビーさんは中に何が入っているのか気になっていたんじゃないだろうか?

「めちゃくちゃ丁寧に包み開けますね」
「そうですか?」

私も最初は丁寧に包みを開けようとするのだけど、最後のほうには諦めてぐしゃぐしゃにしてしまうことが多い。
だけどバーナビーさんは根気強く、一枚一枚テープを剥がしていった。それを私はちびちびとおいしいオレンジジュースを飲みながら見ていた。 ようやく包みを開け終えたバーナビーさんは、中に入っていた封筒を机の上に置くと、その下に入っていたものを手に取った。

「これは......マフラーですか?」
「そうです...」

いつもカードだけと言うのはどうなんだろうと思った私は、今回初めてカード以外のプレゼントを用意した。
私が誕生日の時にはバーナビーさんはとても高そうな靴をプレゼントしてくれたり、他にもディナーまでご馳走してくれたりしたのに さすがにカードだけと言うのは忍びなく思い、今回マフラーをプレゼントすることにした。
このマフラーをプレゼントするという結論に達するまでにも、とても時間がかかった。
いろいろとこだわりがありそうなバーナビーさんには下手なものを上げることができないと思い、どういうものをあげればいいのか 調査するところから始めた。
手始めにネイサンやカリーナにこだわりがある男がもらって喜ぶものは何か? と聞いたのだけど二人ともつれない返答だった。
「ハンサムでしょ? 自分で考えてあげなさいよ」とは、ネイサン。
「知らないわよ。が自分で考えないと意味ないでしょ」とは、カリーナ。
二人とも答えをやれば私がそのままのものを用意すると考えて教えてくれなかった。実際その通りだったんだけど...。
そのくせ私が「...枕はどうだろう? そうだ枕だ! 枕がいい!」って結論を導き出すとブーイングされた。 「何で枕なのよ! 意味わかんない!」「ハンサムがかわいそうよ!」非難轟々である。
なので私は考えた。時折どうしてもちらつく”枕”という言葉を振り払い、街中をプレゼント探ししているときに見つけたのがマフラーだった。
だけどマフラーってそこまで使うものだろうか?
という疑問は、これから寒くなるのだし使うだろう、という希望を込めた言葉でねじ伏せた。
だけど何色がいいんだろう。という疑問にはなかなか答えることが出来なかった。それもそのはずだ。私はバーナビーさんじゃないんだから、 マフラーの好みがわからないのだ。
とりあえずとても手触りが良い値段も相応のものを選んだけれど、そこからが長かった。
気の効いたことにそのブランドのマフラーは何十色も色展開がされていたので、どれにするのか3時間ほど迷った。
バーナビーさんのジャケットが赤なことからも、赤が好きなのは予想できた。だが、ジャケットと同じ色のマフラーをプレゼントするわけにもいかない。 そうなってくると赤に合う色を選ぶ必要があるのだ。そうすると緑しか思い浮かばなかった。 思わず一人クリスマス野郎みたいな格好をしたバーナビーさんを想像して、笑ってしまった。
そうしてそんな格好をバーナビーさんがするわけが無いので、緑は没となり...結果的に黒ならいろいろと合わせやすいだろうという 安易な考えで黒を選んだ。それにいつものジャケットではなくて、シックな格好で黒のマフラーをしているバーナビーさんを想像するととてもかっこよかったのだ。 3時間考えたわけだけど結局とてもシンプルになってしまった。
なので、バーナビーさんが手に持っているのは黒のマフラーだ。
プレゼントのチョイスを外してしまったかもしれないと思い、私の心臓はどきどき音をたてている。
だけどバーナビーさんはマフラーをじっと見つめたまま、リアクションを取らない。
どうしよう...もしかして黒っていうのが間違いだったか?! それとももしかして黒のマフラーをすでに持っているとか?!

「...ありがとうございます」

私の心臓がいつもの三倍ほどの速さで動いているので、バーナビーさんが声を発するまでとてつもなく長く感じた。

「大切に使わせてもらいます」

そう言ってこちらを見たバーナビーさんの目が細まっているのをみて、ようやくホッと息をつくことが出来た。

「はい! 使ってください」

まだグラスに残っていたオレンジジュースを飲み、緊張して乾いていた喉を潤す。

「これはいつものですね」

丁寧な手つきでマフラーをたたんだバーナビーさんが次に手に取ったのは封筒だ。
もちろんその中にはバーナビさんが言うところの”いつもの”が入っている。

「はい...例のぶつです」
「変な言い方やめてください」






「...」
「どうですか!」

今年のうさぎは今まで以上に自信があったので、嬉々としてバーナビーさんに尋ねた。 だけどバーナビーさんの表情は曇っている。

「...」
「かわいいと思いませんか?!」
「...全然思いません。こんな不細工なうさぎ初めて見ました」
「そんな馬鹿な!」
「今までで一番ひどいです」
「ちょっ! ...もう〜バーナビーさんったらツンデレなんだから〜」
「...今度は何をパクッったんですか?」
「パクッてませんよ...!!」
「目が泳いでるんですが」

バーナビーさんはとても鋭い。
私が何をパクッたとまではわからずとも、何かをパクッたということはすぐに見破ってしまった。
たまたまネット検索をして出てきたうさぎをパクッてみたのだけど、今までとは違ったテイストのうさぎになってしまったので もしかしてばれるかもしれないと思っていたら予想通り、すぐにばれてしまった。

「けどよく見てください」
「あぁ、歯が出ていますね」
「...ね?」
「何が”ね?”なんですか。何故さんは歯を出しておけばそれでパクリにならないと思っているのかよくわかりません」
「歯を出すことでオリジナルな感じを演出しているんです」

自分でもよくわからない言い訳のようなものを返すと、バーナビーさんもよくわからない顔をした。 仕切りなおす意味で咳払いをしてから、私は口火を切った。

「なんでもカード使いますか?」
「...え?」
「いつもバーナビーさん何に使おうか決めてるじゃないですか」

渡してすぐにバーナビーさんはなんでもカードを使うので、きっと今回も何に使うのは考えているのだろうと思って言った。 そうするとバーナビーさんは少しバツが悪そうな、恥ずかしそうな顔を浮かべた。
もしかしたら今のは指摘してはいけなかったことなのだろうか。だけどこっちとしては、楽しみにしてくれてるんだなぁ、と思って嬉しいのだけど...。

「使います」

悩んでいる様子だったものの、何かを決意したようにバーナビーさんが頷いた。もしかしたら機嫌を損ねてしまったかもしれないと思い、 どきどきしていたのでさっきの雰囲気を吹き飛ばす勢いで大きな声で「何にしますか?」と尋ねた。

「今から僕が言うことを真剣に聞いてください」
「...え?」

思いがけない願いだったので、驚いてしまった。
そして一番に思ったのは、心外ということだ。

「なんでもカードを使わなくても私真剣に聞くべきところは聞きますよ!」

そう言うとバーナビーさんは少し疑わしげな視線を寄越してきた。まるで「どうだか」とでも言いたげな目だ。失礼な...!! わざとらしく怒った顔をしてみれば、バーナビーさんがふっと口元を緩めた。

「ホントにそれでいいんですか?」
「はい」
「本当は使いたいことがありますが...選択肢があって、そこからさんが選んでくれないと意味が無いんです」
「...はぁ」

よくわからないバーナビーさんの言葉に一応の相槌を打って見せるものの、その言葉の意味はわからない。
多分、バーナビーさんがこれから私に何かを言うのだけどそれには選択肢があってどちらかを選ばないとバーナビーさんにとっては 意味が無い、ということだろう。
順序だてして考えてみたもの、やはり意味がわからない。
私がわけがわからないとでも言いたい顔をしていたからだろう。バーナビーさんはおかしそうに笑った。 だけどすぐにその表情は消し去って、真剣な表情になってしまった。そうすると自ずと私も緊張してしまう。 背中に力を入れて姿勢を正してソファに座る。
バーナビーさんが一体何を言うのか、そして私はどちらを選択するのが正しいのか。
緊張しながらバーナビーさんの言葉を待っていると、バーナビーさんも緊張した面持ちでごくっと唾を飲んでいるのが見えてしまった。
そこまでバーナビーさんが緊張するなんて...! 一体バーナビーさんは何を言おうとしているのだろう...?
早く言って欲しい、という意味を込めてバーナビーさんを見つめると、それまでまっすぐこちらに向けられていた視線が逃げてしまった。

さんが好きです」
「...」
「...」
「.........えっ?」

思わず声が裏返ってしまうほど驚くと、バーナビーさんがさっき緊張していたのがうそのように笑い声を上げた。 その表情はとてもすっきりしている。だけど私はすっきりなんて出来るわけも無く、それどころか頭が混乱している。

「付き合って欲しいとまではいいません。まだ勝算があると思っていないので」

バーナビーさんはリラックスしたように笑みを浮かべたまま言葉を続ける。けれど私はリラックスなんて出来るわけが無い。 「つ?!」「まっ?!」とただただ言葉にならない音を発することしか出来ない。

「なので、とりあえずの選択肢としては僕のことが好きですか、嫌いですか?」

笑みを浮かべていたのがまたしても真剣な表情に戻ったので、それが大事な質問であることはわかった。 茶化しての返答をすることができない雰囲気に、私真剣に自分に心に尋ねてから答えを見つけた。
そもそもこうして二人でいる時点で答えは見つかっているようなものだ。

「...好き、です」

緊張の孕んだ声は、自分でもわかるほどにかすれていた。 少し気恥ずかしく感じてグラスを見つめながら答え、だけどバーナビーさんの様子が気になってしまって盗み見た。

「今はその答えで十分です」

バーナビーさんは嬉しそうに笑みを浮かべていた。私の答えは曖昧なものなのに、とても嬉しそうに口元をほころばせている。 バーナビーさんのその表情を見た途端、何かむずむずするものを感じて足の指を動かした。

「それに、これがきっかけでさんは僕のことを意識せざるをえないでしょうから」
「え、」

そう言ったバーナビーさんは少し意地悪そうな顔をして見せた。

「じゃあ送っていきます」
「え?! いや! そんな!」

こんな状態で二人きりで車に乗るなんてそんな拷問みたいことできるだけが無い。そう思って断ろうとしたのに、バーナビーさんは 「こんな夜遅くに女性一人で帰すわけにはいきませんよ」と言ってさっさと車のキーをもってしまった。 そうすると私もそれに従うしかないのだと思う。 ここで無理やり一人で帰れば先ほどのことを考えて避けていると思われてしまうかもしれない。いつも通りに振舞わないとバーナビーさんを傷つけてしまうことになるかもしれない...それは避けたい。 いろいろ考えて頭がパンクしそうだ。そもそもバーナビーさんが私のことを好きだっていうのも...頭の中を整理するために先ほどのことを思い返して、時間差で顔にカッと熱が上るのを感じた。
そんな私の様子を見てバーナビーさんが満足気な表情を浮かべているのには気づかなかった。



HAPPY BIRTHDAY






(20141102)  お誕生日おめでとう!バニーちゃん!遅れちゃった...